貸金は遺産か

相続案件を扱っていると、しばしば被相続人の貸金が問題になります。例えば、被相続人が知人や相続人にお金を貸していた場合があります。

 

このような場合、被相続人は「貸付金」という債権を保有していたことになります。このような「貸付金」は「遺産」に含まれるのでしょうか。


「貸付金」が「遺産」に含まれるか否かという話をするためには、その前提として「遺産」の定義は何か、という話が必要になってきます。

 

「遺産」というのは、民法896条の「相続財産」とほぼ同義であり、「被相続人の財産に属した一切の権利義務」のうち「被相続人の一身に専属したもの」以外のものです。


そして、「貸付金」は被相続人の財産に属した権利であり、一身専属上の権利ではないので、「相続財産」に含まれます。

 

「相続財産」に含まれるということは、「相続人」が「承継」することになります(民法896条)。


その意味では、「貸付金」は「遺産」(≒相続財産)です。

 

ただし、「遺産」を「遺産分割の対象となる財産」という意味で用いる場合には注意が必要です。

 

「遺産分割の対象となる財産」というのは、家庭裁判所で「遺産」として取り扱い、最終的に審判においてその帰属(相続人のうち誰が取得するか)を決めることになる財産のことです。

 

「遺産」をこの意味で用いる場合、「貸付金」は「遺産」ではないことになります。


すなわち、家庭裁判所で遺産分割の審判がなされる場合、「貸付金」は審判の対象にはなりません。

「貸付金」は「遺産分割の対象となる財産」ではないのです。

 

家庭裁判所においてこのような運用が行われているのは、昭和29年4月8日の最高裁判決が確立した判例となっているからです。


同判決は、金銭債権などの可分債権(分けることが可能な債権)は遺産分割を行わなくても相続開始と同時に法定相続分に応じて分割されて各相続人に帰属するとの判断を示しました。

 

同判決の考え方は、まず、民法896条にいう相続財産の「共有」を民法249条以下の「共有」と同じ意味に解します。


その帰結として、金銭債権等は同法264条に定める「所有権以外の財産権」となるところ、「法令に特別の定めがあるときは、この限りではない」(同条ただし書)とされていることにより、同法427条の規定が「特別の定め」となります。

 

その結果、金銭債権等は可分債権であるので、各相続人の相続分に応じて当然に分割帰属するとの解釈になります。

 

したがって、家庭裁判所の遺産分割審判においては、「貸付金」は「遺産分割の対象となる財産」ではなく、判断の対象にはなりません(判断するまでもなく、各相続人に分割して帰属しているということです。)。


その意味では「貸付金」は「遺産」として扱われないということになります。

それでは、「貸付金」の有無や金額に争いがある場合、どうやって争えばいいのでしょうか。


家庭裁判所で扱うことができない以上、裁判の大原則(権利義務に関する紛争は公開の法廷で行う)に戻り、民事訴訟(地方裁判所または簡易裁判所)で争うことになります。

 

もっとも、遺産分割審判ではなく遺産分割調停の場では、相続人全員が貸付金を遺産として扱うことに合意すれば、貸付金も含めて調停を成立させることは違法ではありません。


なぜなら、「調停」は「話し合い」の延長なので、このような柔軟な解決が許容されるのです。


これに対して、「審判」は裁判所による公権力の発動であり、法律に厳格に縛られるため、「調停」のような柔軟な方法を採ることはできないのです。

代襲相続と特別受益

特別受益による持戻し義務があるのは「共同相続人」(民法903条1項)ですが、代襲相続の場合に「共同相続人」をどう考えるべきかという問題があります。

 

この問題については、特別受益を受けた者が「被代襲者」なのか、「代襲者」なのかを分けて考える必要があります。

 

まず、特別受益を受けた者が「被代襲者」である場合、原則として代襲相続人は被代襲者の持戻し義務を引き継ぐことになります。

 

もっとも、審判例では、被代襲者が受けた特別受益の性質が受益者の人格とともに消滅する一身専属的性格のものであることを理由に代襲相続人の持戻し義務を否定したものもあります(鹿児島家裁昭和44年6月25日審判)。

 

次に、代襲者自身が直接特別受益を受けた場合については、代襲者が被代襲者の死亡等により共同相続人となる前に受けたものは当別受益に該当しないが、相続人となった後に受けたものは特別受益に該当し持戻し義務を負うというのが通説です。

被相続人の遺骨や位牌は祭祀財産か

今回は祭祀財産について書いてみたいと思います。

 

祭祀財産とは、「系譜」「祭具」「墳墓」の3つのことを指します(民法897条1項)。

 

「系譜」とは、祖先から子孫へと代々続く血縁関係のつながりを記したものであり、家系図や過去帳のことです。

 

「祭具」とは、祭祀や礼拝の際に用いる器具や道具のことで、宗教によっても異なりますが、例えば仏教では、花立て、香炉、燭台、位牌、仏飯器等のことです。

 

「墳墓」とは、遺体や遺骨を葬ってある設備のことで、墓地や墓碑(墓石)等のことです。

 

祭祀財産については、民法では通常の相続財産とは別に定めており、祭祀承継者が承継することとされています(897条1項)。

 

ここまでは、たいていのウェブサイトにも書かれています。


それでは、「被相続人の」「遺骨」や「位牌」は祭祀財産でしょうか。

 

祭祀財産も「所有権」が「承継」されるものですのですから(民法897条)、被相続人が「所有」していたものであることが前提です。先祖代々受け継がれてきて被相続人が「所有」していた物を次の代の人が「承継」するのが「祭祀財産」だからです。

 

だとすると、「被相続人の」「遺骨」は、「被相続人」が「所有」していた物ではないので、「祭祀財産」には該当しないことになります。


また、「被相続人の」「位牌」も、被相続人の死後に製作されたものですから、「被相続人」が「所有」していたものではなく、「祭祀財産」には該当しません。

 

しかしながら、「被相続人の」「遺骨」に関して、裁判例においては、遺骨の財産としての特殊性や関係者の意識等に照らせば「祭祀財産に準じて」扱うのが相当であると判示したものがあります(東京高裁平成29年5月26日決定。東京高裁平成31年3月19日決定も同旨。なお、最高裁平成元年7月18日判決は「慣習に従って」祭祀承継者に帰属するとしています)。

 

他方で、「被相続人の」「位牌」に関しては、東京高裁平成31年3月19日決定では、遺骨とは異なり祭祀財産に準じたものと扱うことは困難であると判示しています。

負担付相続させる遺言の取消しが認められなかった事例

今回は、「負担付相続させる遺言の取消しが認められなかった事例」(仙台高裁令和2年6月11日決定)について解説します。

 

「負担付相続させる遺言」とはあまり聞き慣れない言葉ですが、「負担付遺贈」と同様のものと思ってください。

 

「負担付遺贈」(民法1002条)とは、遺言者の財産を遺贈する代わりに、遺贈を受ける人(受遺者)に何らかの義務を負担させる遺言のことです。


例えば、子どもに財産を遺贈する代わりに配偶者の面倒を見てもらうなどの義務(負担)を負わせるという遺言です。

 

この場合、たいてい、ある相続人に義務を負わせる代わりに他の相続人よりも多くの遺産を相続させる形をとっています。


そのため、義務を負った相続人がきちんと義務を果たしていない場合(義務を果たさず多くの遺産をもらっているので)、不公平感が否めません。

 

そこで、民法は、このような不公平を解消するため負担付遺贈の取消しについて次のような規定を設けています。

 

「負担付遺贈を受けた者がその負担した義務を履行しないときは、相続人は、相当の期間を定めてその履行を催告することができる。この場合において、その期間内に履行がないときは、その負担付遺贈にかかる遺言の取消しを家庭裁判所に請求することができる。」(民法1027条)

 

今回紹介する裁判例は、遺言者が、一切の財産を長男に相続させるとした上で、その負担として、長男は二男の生活を援助するものとする、という内容の遺言がなされたケースです。

 

認定された事実によると、長男は、遺言者が死亡した後、二男に対して2か月間のみ月額3万円を送金したが、その後送金しなくなったとのことです。

 

この事案で仙台高裁は、遺言の内容が抽象的であり解釈が容易ではないこと、遺言者は二男が一度に多額の現金を取得した場合には浪費することを心配していたと推認されること等を理由に、遺言の取消しを認めませんでした。

 

もっとも、高裁は遺言の取消しは認めなかったものの、遺言書の解釈として、二男に対して少なくとも月額3万円の経済的援助をすることを法律上の義務として長男に負担させたものと解すべきであると判示しています。

 

高裁は、遺言を取り消してしまうと遺言者の意思に反することになってしまう(二男が一度に多額の現金を取得することになってしまう)ことを避けつつ、二男が月額3万円の援助を確保できるように配慮したものと思われます。

認知症の人が作成した遺言書は無効になるのか

相続の相談では、「被相続人の遺言書があるけど、作成した時点で被相続人は認知症だったので無効ではないですか?」という質問がよくあります。

 

この質問には一言で答えることはできません(たいていの質問も一言で答えることは難しいですが・・)。

 

あえて一言で答えるとすれば、「遺言能力のない状態で作成した遺言書は無効です」となります。


しかし、これではほとんど答えになっていませんね。

 

中身のある話をするためには、「遺言能力はどのようにして判断されるのか」について説明しなければなりません。

 

遺言能力の有無は画一的要素で決まるのではなく、個々の具体的な状況を総合して判断されます。

 

裁判例を見ると、例えば、東京地裁平成16年7月7日判決では、「遺言には、遺言者が遺言事項(遺言の内容)を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な判断能力(意思能力)すなわち遺言能力が必要である。遺言能力の有無は、遺言の内容、遺言者の年齢、病状を含む心身の状況及び健康状態とその推移、発病時と遺言時との時間的関係、遺言時と死亡時との時間的間隔、遺言時とその前後の言動及び精神状態、日頃の遺言についての意向、遺言者と受遺者との関係、前の遺言の有無、前の遺言を変更する動機・事情の有無等遺言者の状況を総合的に見て、遺言の時点で遺言事項(遺言の内容)を判断する能力があったか否かによって判定すべきである。」と判示されています。

 

そして、上記各項目について検討するための具体的な手がかりとしては、①遺言の内容、②医学的知見、③改訂版長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)、④介護記録、⑤遺言書作成に同席した者の証言、⑥親族の証言等が検討材料となり得ます。

 

①遺言の内容については、遺言内容が複雑であれば、より高度の意思能力が必要ですから、遺言作成時において遺言の内容にふさわしい意思能力を備えていなければなりません。

これに対して、単純な内容の遺言であれば、高度の意思能力を備えていなくても、遺言の内容を理解した上で作成することが可能です。

 

②医学的知見については、医療期間のカルテ等から、遺言作成時の遺言者の病気の種類(特にアルツハイマー型認知症か否か)や症状を吟味していくことになります。
認知症といっても治療可能な認知症(慢性硬膜下血腫)、改善と悪化をくり返しながら進行する認知症(脳血管性認知症)、時間をかけてゆっくりと進行する認知症(アルツハイマー型認知症)等があり、どの型の認知症であるかによっても見方が変わってきます。

 

③改訂版長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)については、満点が30点で平均点は24点前後と言われています。20点以下だと認知症の疑いが高いと判定され、10点前後であれば高度の認知症とされます。
しかし、HDS-Rの点数はあくまで目安に過ぎません。点数が比較的高くても遺言能力が否定された裁判例もありますし、逆に点数が比較的低い場合でも遺言能力が肯定された裁判例もあります。

 

④介護記録については、遺言者の生活の様子が記録されており、医学的知見を補足するものとして重要な考慮要素となります。

 

⑤遺言書作成に同席した者の証言については、直接、遺言作成時の遺言者の能力を観察している者として重要です。ただし、遺言者との関係性や相続人との関係性によっては証言の価値が必ずしも高いとは言えない場合もあります。

 

⑥親族の証言については、普段から遺言者の近くにいて遺言者の言動を観察しているものとして重要です。ただし、この場合でも、遺言者との関係性や相続人との関係性によっては証言の価値が必ずしも高いとは言えない場合があります。

 

このように、「認知症の人が作成した遺言書は無効になるのか?」と質問されても、一言では答えることはできず、上記のような様々な状況を検討して判断することになります(最終的には裁判官が判断することになります)。

遺産確認請求訴訟とは

今回は、「遺産確認請求訴訟」についてご説明します。

 

遺産分割を行う場合、通常、「何が被相続人の遺産であるか」(遺産の範囲)について争いはありません。


遺産分割で揉める場合は、たいてい「遺産の分け方」で争いになるのです。

 

しかし、稀に、遺産の範囲が争点になることがあります。


例えば、「このマンションの名義は被相続人名義だが、私(相続人)が住宅ローンを全額支払って完済したのだから、実質的には私の物であって遺産ではない」という主張が行われることがあります。その逆の場合もあります。

 

一般的に、遺産分割で揉めた場合、家庭裁判所で調停や審判を行うことになります。


ところが、上記の例のように、「この財産は被相続人の遺産か」という点が争いになった場合は民事訴訟となり、争いの場は地方裁判所になります。


この裁判が「遺産確認請求訴訟」です。

 

なぜ、この問題は家庭裁判所ではなくて地方裁判所で審理するのでしょうか。


この話を説明するためには、家庭裁判所がどういう役割を持った裁判所であるかという話からする必要があります。


家庭裁判所は、家族関係に関する問題や親族間の紛争を解決するための裁判所であり、裁判の公開原則(憲法82条)が適用されず、非公開で審理が行われます。


そのような扱いが許されるのは、家庭裁判所では権利義務に関する紛争を扱わないからです。

 

権利義務に関する紛争を解決するためには、国民の裁判を受ける権利を保障するために公開の裁判で行う必要があります(公開することで裁判の公正さが確保される、という考え方)。

 

ここで疑問が生じます。「遺産分割調停・審判というのは、『権利義務に関する紛争』ではないのか?」と・・・


実は、遺産分割調停・審判は「権利義務に関する紛争」ではないのです。
考え方としては次のようになります。

 

相続開始により、法定相続人は被相続人の財産を法定相続分に応じて取得します。

そして、遺産分割とは、法定相続分に応じて各相続人が「既に取得した」権利を調整すること(誰がどの財産を取得するかを決める)に過ぎないのです。

 

ですから「権利義務に関する紛争」ではないのです。

 

これに対して、「この財産は被相続人の遺産ではなく私の財産である」という主張がなされると、「被相続人の財産(=相続人の共有財産)なのか相続人のうちの1人の財産なのか」という権利に関する紛争(所有権が誰に帰属しているのか)になってしまいます。


そのため、家庭裁判所の管轄ではなく地方裁判所(公開の裁判)で行う必要があるのです。

 

もっとも、判例は、常に民事訴訟による判決の確定を待って遺産分割の審判をすべきものというのではなく、家庭裁判所が審判手続において権利の存否を審理判断した上で、分割の処分を行うことも差し支えないとしています(最高裁昭和41年3月2日判決)。

 

しかしながら、家庭裁判所が行った権利義務に関する判断に関しては既判力がないので(公開の裁判を行っていないので、憲法の要請上、既判力を持たせるわけにはいかない)、家庭裁判所が判断を下した後に、民事訴訟で審理し直すことが可能となります(その結果、民事訴訟で結論が覆ることもあり得ます)。

 

そのため、実務では、遺産の範囲に争いがある場合には、家庭裁判所は当事者に対して民事訴訟で権利を確定させるように促す(権利が確定してから家庭裁判所で調停・審判を行う)ことにしています。

相続人の廃除とは

相続人の廃除とは、被相続人の意思によって推定相続人から相続権を剥奪する制度です。


「どうしてもあの子には遺産を残したくない」というような場合に使える強力な手段です。

 

ただし、相続廃除のための要件は法律で決まっており、手続についても法律で決められた方法を採る必要があります。

 

相続廃除の要件としては、①相続人が被相続人を虐待した場合、②相続人が被相続人に重大な侮辱を加えた場合、③相続人に著しい非行があった場合、という3つが規定されています(民法892条)。

 

①の虐待とは、家族的共同生活関係の継続を不可能にするほど、その関係又は心理に苦痛を与える行為をいうとされています。


②の侮辱とは、家族的共同生活関係の継続を不可能にするほど、被相続人の名誉又は自尊心を傷つける行為をいうとされています。


③の著しい非行とは、犯罪、浪費などで著しく悪質な行為をいうとされています。

 

次に廃除の方法ですが、

a)被相続人自身が生前に家庭裁判所に相続廃除の請求をする方法
b)被相続人が遺言書に相続廃除の意思表示をして、相続開始後に遺言執行者が家庭裁判所に請求を行う方法

の2つがあります。

 

いずれの場合でも、家庭裁判所に申立を行う必要があります(被相続人の生前は被相続人が、遺言の場合は遺言執行者が申し立てる)。

 

相続廃除の申立てがなされると家庭裁判所で審判手続きが行われます。


審判手続きでは、申立人(被相続人又は遺言執行者)と推定相続人が廃除事由の有無について主張、立証を行い、最終的に裁判官が諸事情を総合的に判断して廃除を認めるかどうかの結論を下します。

 

このように、相続人廃除のためには家庭裁判所での審理が必要で、裁判所はかなり慎重に吟味しますので、廃除が認められるのは容易ではありません。

親の死後に遺産である建物に住み続ける相続人に対し賃料を請求できるか?

被相続人の死後において、被相続人名義の建物に相続人が居住し続けていることが問題となることがあります。

 

例えば、次のような事例を考えてみましょう。

 

【事例】
父親A名義の建物に長男Bの家族が同居していたところ、父親Aが死亡し、相続が開始した。相続開始後も長男Bの家族は居住を続けている。

相続人は長男Bと二男Cの2人である。

 

このような場合に、二男Cが長男Bに対して、相続開始後の居住は不当利得だとして、建物の賃料相当額の2分の1を請求する場合があります。

 

相続開始後、被相続人の遺産は相続人の共有となりますから、自己の持分を超えて使用している部分については不当利得と言えそうな気がします。

 

しかし、最高裁平成8年12月17日判決は不当利得の請求を認めませんでした。
最高裁の論理は以下のとおりです。

 

もともと被相続人が同居を許諾していたのであれば、「遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権限を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえる」

 

つまり、上記の例でいうと、父親Aとしては、自分が死んだからといってすぐに長男B家族に出ていってもらいたいとは考えていないだろうし、長男Bとしても、父親が死亡したらすぐにでも出ていくというつもりで住んでいるわけではないだろう。


父親Aの意思と長男Bの意思はこのように推測されるのだから、おそらくそういう内容の使用貸借契約(民法593条)が成立していたのであろう、ということです。

 

この最高裁の考えに従えば、遺産分割が完了するまでは、長男Bは「使用貸借契約」という法律上の原因に基づいて建物に居住しているので、不当利得とは言えないということになります。

結婚費用や結婚祝いは特別受益になるか

遺産分割で揉めることの一つに「特別受益」があります。

 

「特別受益」とは、共同相続人の中に被相続人から遺贈を受けたり生前贈与を受けたりした者がいる場合に、 相続人間の公平を図る制度です(民法903条1項)。

 

相談者や依頼者に「特別受益」の話をすると、「そういえば、父は兄が結婚するときに結婚式費用や結婚祝いを渡していました。私は独身なのでもらっていません。父が兄に渡した結婚費用や結婚祝いは特別受益になりませんか?」という話がよく出てきます。

 

一般に、特別受益に該当するか否かは、被相続人が「遺産の前渡し」として財産を贈与したと考えられるか、という観点から検討します。

 

民法903条1項の条文を見ると、「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者」という表現が用いられています。

 

一見すると、「婚姻」という文字が入っているので、結婚費用や結婚祝いは特別受益になりそうな気がします。

 

しかしながら、ここでいう「婚姻」のための贈与というのは、持参金や支度金のことを意味しており、通常の額の結婚式費用や結婚祝いは特別受益に該当しないと言われています。

 

問題は贈与した額が「通常の額」か否かということになりますが、親の資産の規模などによっても変わってきますので、幾らが「通常の額」かというのは難しい問題です。

遺産分割をする際の不動産の時価とは

遺産分割の相談を聞いていると、「不動産は時価で評価するのですか?」「時価は誰が決めるのですか?」という質問をよく受けます。


この質問については、段階をおって説明することになります。

 

まず、原則的に、遺産分割は相続人が話し合って遺産の分け方を決めるものです。


したがって、仮に、遺産の中に「甲土地」「乙土地」「預貯金」があったとして、「相続人Aが甲土地を取得し、相続人Bが乙土地を取得し、相続人Cが預貯金を取得する。」との合意が形成されたならば、それで解決なのです。

 

無理して「不動産の評価額」を決定する必要はないのです。

 

ただし、合意を形成するために不動産の評価額を参考にすることは、もちろん構いません。


その場合、「固定資産税評価額」や「路線価」などを参考にする場合があります。


上記の例でいえば、例えば、甲土地の固定資産税評価額と乙土地の固定資産税評価額と預貯金の額がおおむね同程度の額であれば(多少の差があったとしても)、全員が納得しやすいでしょう。

 

これに対して、甲土地の固定資産税評価額が乙土地の固定資産税評価額の2倍程度だとすれば、「相続人Aがもらいすぎ」という不満が出ることもあるでしょう。

 

このように、不動産の評価というのは、相続人が納得するための一つの目安として用いるものです。

ですから、何が何でも「時価」にこだわる必要はないのです。

 

ところが、相続人間の対立が激しい場合には、「絶対に時価で評価すべきだ」という意見が出ることがあります。


特に代償分割(ある相続人が不動産を取得する代わりに他の相続人に対して相応の金銭を渡す分割方法)の場合に、「金銭を幾ら支払うか」という場面でこじれることがあります。


不動産を取得して金銭を渡す側の相続人にとっては、不動産の評価額は低いほうが助かります。逆に金銭をもらう側の相続人にとっては、不動産の評価額が高いほうが多く金銭をもらえるということになります。


このような場合、「固定資産税評価額」や「路線価」は必ずしも時価ではないということで争いになるのです。

 

それでは、「時価」とは何でしょうか?


「時価」は「実勢価格」や「市場価格」などとも呼ばれます。

 

例えば、きゅうりやトマトの「時価」はスーパーマーケットで販売されている価格を調べればだいたい分かります(お店によっても価格は異なりますが、だいたい同じ時期の価格は似たような価格となります。)。

 

これに対して、不動産の時価を判断するのは難しいことです。

 

「同じような土地」といっても、立地、土地の形、角地かどうか、陽当たりの良さ、法律上の規制等によって価値が異なってくるので、他の土地と単純に比べるわけにはいきません。

 

この点、不動産仲介業者に依頼すれば、おおまかな査定が出てきます。

 

しかし、不動産仲介業者の査定は、あくまでも、「売り出すならこのくらいの価格から売り出しましょう。様子を見て反響が悪ければ価格を下げましょう。」という感じのものであり、実際の売買価格をピタリと当てることはできません。

 

では、誰なら「実際の売買価格をピタリと当てる」ことができるのでしょうか。


それは誰にもできないのです。

不動産は売ってみないと「時価」は分からないのです。

結果的に売れた価格が「時価」ということになるのです。

 

そうすると、上記の例に戻って、実際に売ることなく「時価」を出すにはどうしたらよいのでしょうか。


当事者が不動産の評価額に合意できない場合には、家庭裁判所の遺産分割調停・審判を利用することになります。

そして、その手続きの中で、「鑑定」という手続きを行い、不動産鑑定士が「時価」を算出することになります。

裁判官は基本的に不動産鑑定士が算出した金額を「時価」と認定します。

 

この場合でも、不動産鑑定士が算出した金額は本当の「時価」ではないかも知れません(先ほど述べたように、本当の時価は結果的に売ってみなければ分かりません。)。


それでも、裁判官は結論を出す必要があるので、これを「時価」と結論付けて判断を行うのです。

建物の無償使用の場合に賃料相当額は特別受益になるか

法律相談で特別受益の話になったときに、よく出てくるのが、「兄は父名義の建物に無償で10年間住んでいました。通常なら家賃10万円は取れる家なので、10万円×12か月×10年=1200万円が特別受益ですよね?」という質問です。

 

しかし、被相続人名義の建物の無償使用の使用料については特別受益には該当しないという見解が一般的です。

 

理由としては、特別受益というのは「遺産の前渡し」という性格のものであるところ、被相続人としては、通常、不動産を無償で使用させることを「遺産の前渡し」とは考えていないであろう、ということが言われています。

 

これに対して、相続人が被相続人の許可を得て、被相続人の土地の上に建物を建てて居住していた(被相続人の土地を無償で使用していた)場合は、少し異なります。

 

この場合も、土地使用の対価(地代相当額)については特別受益に該当しないとされています。

 

もっとも、土地の無償使用の場合は、土地使用貸借契約の存在により土地の評価が一定程度減価することになります。

 

その減価分(使用借権相当額)は建物所有者に贈与されたと評価できますので、使用借権相当額が特別受益に該当することになります。

一般に使用借権相当額は土地の1割程度と言われています。

長年親を介護してきたのに寄与分は認めらないのか

法律相談では、「長年親の介護をしてきたので寄与分が認められないでしょうか?」という質問をよく受けます。

 

親の介護で寄与分が認められるかは非常に難しい問題です。


寄与分というのは相続人の行為によって被相続人の財産を増加させたか維持した(減少を食い止めた)場合でなければ認められません。

 

一般に長年親の介護をしたとしても親の財産が増えるわけではないのでそれだけでは寄与分が認められることはありません。


しかし、例外的に寄与分が認められることはあります。


それは、相続人が介護したことによって、介護のための費用の支出を抑えたことが証明できる場合です。

 

理屈としては、本来であればプロに介護をお願いしなければならない状態であったのに、相続人自身が介護をしたことで介護費用を節約したので、その分、被相続人の財産の減少を防いだ(維持した)と考えるのです。

 

そして、「財産の減少を防いだ」額を数値として表せなければなりません。


そのためには、まず、「本来ならばプロにお願いしなければならない状態」であったことを証明しなければなりません。

 

これを証明するためには、被相続人が入通院をしていた病院のカルテや介護施設の生活記録等を取り寄せます。そして、ただ単に取り寄せただけではダメで、そこに「プロにお願いしなければならない」程度の状態であったことが記載されていなければなりません。


また、介護認定の資料なども取り寄せるのが一般的です。おおむね要介護度2以上の程度でなければ「プロの介護が必要な状態」とは認められません。

 

その上で、プロの介護を依頼せずに相続人自身が実際に介護したことを証明しなければなりません。


この部分は日記や自身で記録した介護日誌、親族や近隣住民の証言などで証明することになります。

 

さらに、それらを証明した上で、相続人の介護によって「浮いた」費用を算出しなければなりません。


この部分は、「実際にプロに頼んだらこれくらい支出したはずだ」と説明できる資料などを提出することになります。

 

このようにして、相続人の介護により相続財産が減少せずに済んだ金額を証明して、それが親族としての通常の寄与ではなく、「特別の寄与」だと認められれば寄与分が認められることになります。

 

ここまでお読みいただければお分かりかと思いますが、親族が介護をした場合の寄与分は簡単には認めらないのが現状です。

死亡退職金は相続財産か

死亡退職金が相続財産に含まれるかという難しい問題があります。

 

「生命保険金は相続財産か」という問題と少し似ています。

 

通常の退職金であれば生きているときに受け取りますので、受け取った後、預金として残っている状態でその方が亡くなれば、(預金が)相続財産となります。

 

死亡退職金は「亡くなってから」支払われるので、通常の退職金と少し意味合いが異なります。

死亡をきっかけに支払われるという点では生命保険金に似ている部分があります。

 

考え方としては、死亡退職金を「賃金の後払い」の性質を有するものと考えるか、「遺族の生活保障」のために支払われるものと考えるか、がポイントとなります。

 

一般的に、退職金は(死亡退職金も含めて)勤続年数が長いほど多額になります。その意味では「賃金の後払い」の性質(労務に対する対価)を有しています。

 

しかし、一家の大黒柱が亡くなってしまったことにより遺族が経済的に困窮することを防止するという「遺族の生活保障」という面があることも否定できません。

 

実務ではどうなっているかといいますと、死亡退職金に関する支給既定があるかどうかで異なってきます。

 

国家公務員の場合、国家公務員退職手当法が受給権者を遺族として受給権者の範囲及び順位を法定しており、受給権者の範囲及び順位は民法の定める相続人の範囲及び順位と異なっています。

したがって、法の趣旨としては、死亡退職手当は遺族の生活保障を目的としたものと解され、遺族固有の権利(相続財産ではない)とされています。

 

また、地方公務員の場合は、各地方自治体の条例で決めることとなっていますが、通常、条例では国家公務員と同様の内容を定めています。

 

民間企業の場合は、当該企業に死亡退職金に関する支給既定がある場合は、支給基準、受給権者の範囲又は順位などの規定により遺産性を検討し、支給既定がない場合には、従来の支給慣行や支給の経緯等を個別に判断して相続財産かどうかを判断することになります。

葬儀費用は喪主が負担するのか

遺産分割の際に、葬儀費用を誰が負担するかで揉めることがよくあります。


一般的には、葬儀は被相続人が亡くなられて数日後に執り行われるので、とりあえずは誰かが葬儀費用を払います。


したがって、払った後で揉めることになるのですが、被相続人の財産(預貯金やタンス預金など)から払う場合と相続人の一人(例えば喪主である相続人)が負担する場合があります。

 

いずれの場合でも揉めることはあり得ます。

 

実は、「葬儀費用を誰が払うか」については確定した最高裁判決がありません(だからこそ揉めるという面もあります)。


下級審の裁判例はどうなっているかというと、判断は分かれています。


大きく分けると、喪主が負担すべきであるという見解(いわゆる「喪主負担説」)と相続人全員で負担すべきという見解(「共同相続人負担説」または「相続財産負担説」)に分かれます。

 

前者の裁判例としては、東京地裁昭和61年1月28日判決、東京地裁平成28年11月8日判決(原則として喪主が負担すべきとしながら、当該事案については相続人らの黙示の承諾があったとして、結論としては相続人全員に負担させている。)、東京地裁平成27年12月3日判決、名古屋高裁平成24年3月29日判決、東京地裁平成19年7月27日判決、東京地裁平成18年9月22日判決、東京地裁平成6年1月17日判決(明確に喪主負担説を採用していないが、結論として喪主に負担させている。)、神戸家裁平成11年4月30日審判、大阪高裁昭和49年9月17日決定等があります。

 

後者の例としては、東京地裁平成20年4月25日判決、東京地裁平成17年7月20日判決、東京地裁昭和59年7月12日判決、長崎家裁昭和51年12月23日審判、盛岡家裁昭和42年4月12日審判、福岡高裁昭和40年5月6日決定、高松高裁昭和38年3月15日決定、大阪家裁堺支部昭和35年8月31日審判、東京高裁昭和30年9月5日決定等があります。

 

このように見てみると、古い裁判例では相続人全員で負担すべきとの判断が多く、新しい裁判例では喪主が負担すべきとの判断が増えている感があります。

 

もっとも、それぞれの裁判例は個々の事情に基づいて判断していますし、最高裁判所の判断は未だにありませんので、裁判所が喪主負担説で固まっていると決めつるのは時期尚早かと思います。

なぜ遺言があっても揉めるのか

私たち弁護士は「ご自身が亡くなられた場合に備えて遺言書を書いておきましょう」と皆様にお勧めしているのですが、遺言書を書いていても揉める場合があります。

 

遺言書を作成していても揉める場合というのは、一つは、遺言能力が争われるケースです。

 

特に、自筆証書遺言の場合に遺言能力が争われることが多いといえます。


遺言書にはかならず日付を記入しますが(日付がないと無効)、遺言者が亡くなられた後に、「その日付の頃は認知症がかなり進んでいたから、こんな内容の遺言を書けるはずがない」というクレームが出たりします。

 

これに対して、公正証書遺言の場合は、公務員である公証人と2名以上の立会証人の前で遺言の内容を伝えますから、そこで遺言能力がチェックされています。ですから、「遺言能力はなかったはずだ」という争い方は難しくなります(それでも争いになることはありますが)。

 

二つ目は、遺留分で揉めるケースです。

 

兄弟姉妹以外の相続人には、法律上、遺留分が認められています。

遺留分というのは法律が相続財産について最低限の確保を保証してくれる相続人の取り分です。

 

遺言書の中には「すべての遺産を〇〇に相続させる」というものが結構あります。
その場合、兄弟姉妹以外の相続人(配偶者や子ども等)がいると、その相続人の遺留分を侵害していることになります。


遺言書を残したからといって絶対的ではないのです。


このような遺言書の場合、「遺産のうち遺留分に相当する金銭を払ってくれ」と揉めることがあります。

 

もっとも、遺留分の割合は法律で決まっているので揉める余地はないのではないか、と思う方もおられるかもしれません。

 

この点、遺産が預貯金だけであれば、預貯金の総額を「4分の1」とか「8分の1」で割り算をすれば遺留分の額が決定しますので、基本的に揉めることはあまりありません。

 

しかし、問題なのは遺産に不動産が含まれる場合です。


遺産に不動産が含まれていると、例えば「遺産総額の4分の1を払え」と言っても金額がすぐには確定しません。不動産の評価にはいろいろな方法があるからです。一般的には固定資産税評価、路線価評価、時価(実勢価格)などがあります。


遺留分「4分の1」を金銭でもらう側としては不動産の評価が高いほど多くの金銭をもらうことができます。逆に「4分の1」をお金を支払う側は不動産の評価が低い方が払う金額が少なくて済みます。

 

そのため、不動産の評価額をめぐって争いが起きるのです。

相続放棄後の管理責任(相続放棄後に建物が倒壊したら責任が発生する?)

最近、「相続放棄をしても管理責任があるんですよね?」「相続財産の中に古い建物があるのですが、相続放棄をしても、その建物が崩れて人が怪我をしたら私は責任を負うのですか。」等という相談が増えています。

 

私が「その話、どこで誰から聞いたのですか?」と尋ねると、たいていの方は「ネットにたくさん出ているので不安になったんです。」とお答えになります。

 

確かに、インターネット上にはそのような内容の記事が溢れています。

 

これには、改正前の民法940条が関係しています。

 

改正前の民法940条1項には「相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。」と規定されていました。

 

たしかに、この条文を読めば相続放棄をしても管理責任が残るように感じます。
しかし、これらの記事はこの規定の解釈を誤っています。

 

この規定の本来の趣旨は、ある相続人が相続放棄をした場合、次の相続人が現れるまでは勝手に相続財産を売却したり壊したり捨てたりしてはいけませんよ、という意味であり、次に現れる(かもしれない)相続人が損をしないようにするための規定です。

相続人ではない第三者が損害を被った場合の損害賠償責任まで規定していません。

 

このことは、国土交通省住宅局住宅総合整備課及び総務省地域創造グループ地域振興室・平成27年12月25日付事務連絡をみても明らかであり、また、令和元年6月11日に開催された法制審議会民法・不動産登記法部会第4回会議においても、山野目章夫部会長は、「940条を作ったときに,空き家問題であるとか,荒れ果てる建物であるとか,放置された土地とかいうものについて,公共とか近隣が困っているから,あなたは相続放棄しても引き続き面倒を見続けなさいということまでが,果たして,少なくとも940条の原意に含まれていたかというと,恐らくそれは甚だ疑問であって,(後略)」(法制審議会民法・不動産登記法部会第4回会議議事録)と発言されています。

 

このように、改正前民法940条の解釈において、相続放棄者の第三者に対する責任はないと解されているのが一般です。

 

そして、改正後の民法940条では責任を「相続財産を現に占有している」場合に限定していますし、旧法の「管理」という表現を「保存」に変更していることからしても、旧法より義務が重くなるとは思えません(軽くなることはあっても)。

 

したがって、新法の解釈においても、相続放棄者の第三者に対する責任を認める趣旨が含まれているとは思えません。

遺言の必要性

遺言の必要性については、多くの法律専門家が述べていますが、改めて述べておきます。

 

例えば、子どものいない夫婦がいて、夫にそれなりの遺産があるとします。夫の両親は既に他界していて、夫には兄弟が5人いるとします。

 

この例の場合、夫が遺言書を作成せずに亡くなった場合、法定相続分は妻が全体の4分の3、残りの4分の1を兄弟で分けます。

兄弟一人あたりは全体の20分の1です。


この20分の1のために、全員に連絡をして、遺産分割の案を作成して全員から同意をもらわなければなりません。

 

一人でも同意しない人がいれば裁判所に調停を申し立てなければならないことになります。

 

もし、上記の例で、夫が「全ての遺産を妻に相続させる」という簡単な内容の遺言書を作成していれば、何の問題もなく、全ての遺産は妻のものになります。

 

上記の例の場合は、子どもがいないので特に遺言は重要な意味を持ちます。

兄弟姉妹には遺留分はないので、兄弟姉妹は妻に対して遺留分を主張することができません。

 

ですから、本当に簡単に遺産の引継ぎが完了するのです。

 

これに対して、遺留分を主張することができる相続人がいる場合は上記の例のように簡単ではありません。


しかしながら、遺留分を請求されたとしても、法律で決められた割合を金銭で支払うことによって解決できますので(誰がどの不動産を取得するか等の問題は生じない。)、やはり遺言書がない場合よりも複雑化しないことが多いといえます。

生活費の援助は特別受益になるか

最近、二世帯住宅が増えてきています。二世帯住宅では家計を完全に分けているところもあれば、二世帯で一緒にしているところもあります。

 

二世帯住宅に限らないことですが、親が子どもや孫に対して食事に連れて行き食事代を出してあげるとか、親子で(あるいは親、子、孫の三代で)旅行に行き、親が旅行代金を出してあげるとか、親が孫の教育費を出してあげるとかいうことがよくあります。

 

二世帯住宅などで同居の場合には、特にこのような傾向が強いといえます。

 

このような生活費の援助は特別受益になるのでしょうか。

 

これは大変難しい問題です。

 

特別受益とは被相続人の生前に「遺産の前渡し」といえるような財産の移転があった場合に、相続人間の公平を図るための制度です。

 

親と子が二世帯住宅などで同居している場合に、親が子に対して感謝の気持ちも含めて多少生活費を援助することはごく自然なことであり、「遺産の前渡し」というつもりでお金を支払っているかというと違うような気がします。


「遺産の前渡し」ということであれば、「あなたには先に遺産を渡したのだからあとで調整してね」(つまり、遺産分けの時は他の兄弟より少なくもらってね)という考えが親の頭の中になければなりません。

 

私は、通常、親にはそのような考えはないと思うのです。

 

しかし、あまりにも金額が大きい場合には、「相続人間の公平」という観点から特別受益に該当するとの判断もあり得るかと思います。

 

裁判例としては東京家裁平成21年1月30日審判(家庭裁判所月報62巻9号62頁)があります。


同裁判例では、持ち戻すべき金銭給付か否かの基準を月額10万円とし、これを超えるものは全額持戻しの対象としました。

 

抗告審である東京高裁平成21年4月28日決定(家庭裁判所月報62巻9号75頁)も東京家裁の審判を支持しました。

 

もっとも、親と子の経済的事情や子の健康状態(例えば病弱で働くことが困難)等によっても判断は変わってきますし、裁判官によっても見解は異なります。


したがって、家庭裁判所が一律に月額10万円を基準に判断するというものではなく、その点は注意が必要です。

なぜ生前の相続放棄は無効なのか

相続放棄に関連した相談で、次のような相談がときどきあります。


「父親が亡くなったときに父親の遺産は全て兄が相続した。そのときに、兄は、次に母親が亡くなったときには母親の遺産を放棄すると約束してくれた。しかし、実際に母親が亡くなった今になって、法定相続分はもらうと言い出した。兄は約束を守らないといけないですよね?」

 

法律の世界では、約束は守らないといけないのが基本中の基本です。


しかし、相続の分野では少し違うところがあります。相続はいわゆる「家族法」の一部です。「家族法」というのは家族や親族に関連する法規範です。


「家族法」においてはいわゆる「取引法」とは異なる考え方が存在します。「取引法」においては約束を守ることは鉄則ですが、「家族法」では必ずしもそうではない部分があります。

 

生前の相続放棄もその一つです。亡くなる前に相続放棄を約束してもその約束に法的拘束力はありません。


その理由は、現在の民法が制定された当時は、まだ、日本には家父長的な要素が色濃く残っており、父親が長男に全ての財産を相続させるために、父親の支配力を利用して他の兄弟に相続放棄を迫って約束させるようなことが起こりうると考えられたため、相続人の公平のためにそのような行為を無効にする必要があったのだと言われています。

 

同様の理由から、生前の遺産分割協議も無効です。親が支配力を利用して長男が全ての財産を相続する内容の遺産分割協議書を作成するようなことが起これば、相続人の公平が害されてしまい、全ての子どもを平等に扱うという民法の趣旨が没却されてしまうからです。

遺留分を生前に放棄させることができるか

よく「遺留分を事前に(被相続人の生前に)放棄させることはできますか?」という質問を受けます。


答えとしては「強制的に放棄させることはできません。」ということになります。

 

遺留分権利者は、相続開始前に、家庭裁判所の許可を得て遺留分を放棄することができます(民法1049条1項)。


つまり、遺留分権利者が自分の意思で放棄しないといけません。しかも、その手続は家庭裁判所で行い、家庭裁判所が「許可」してくれた場合のみ、放棄が可能です。

 

このような厳格な手続きとなっている理由は、遺留分の放棄を無制約に認めると、被相続人が親の権威をもって遺留分権利者の自由意志を抑圧し、遺留分の放棄を強要することが起こりうるから、と説明されています。

 

そのため、家庭裁判所が遺留分の放棄を許可するか否かの判断基準としては、①放棄が遺留分権利者の自由意思に基づくか否か、②遺留分を放棄する理由に合理性・必要性があるか否か、③放棄と引換になされる代償が存在するか否か、等を総合的に判断するとされています。

自筆証書遺言の注意点

自筆証書遺言とは、遺言者が遺言書の全文、日付、氏名を自分で書き、押印して作成する遺言です。


簡単に作成できて便利ですが、以下のような注意点があります。

 

①全文の自書
遺言者は遺言書の全文を自分で書かなくてはなりません。タイプうちしたもの、コピーしたもの、点字によるものは自書とはいえません。


もっとも、自筆証書遺言に相続財産等の目録を添付する場合には、その目録については自書でなくても構いません(民法968条2項)。ただし、この場合、自書ではない財産目録の全てのページに署名押印が必要です。

 

②日付
日付は、年月日まで客観的に特定できるように記載しなければなりません。「4月吉日」のような記載は無効となります(最高裁昭和54年5月31日判決)。

 

③氏名
氏名は、戸籍上の氏名でなくても、通称やペンネームでもよいとされています。

 

④押印
押印は、認め印でも指印でもよいとされています。

遺産の具体的な分割方法

遺産を分割する方法は4つあります。

 

①現物分割、➁代償分割、③換価分割、④共有分割の4つです。

 

①現物分割というのは、個々の財産の形状や性質を変更することなく分割することです。例えば、次のような分け方です。

「甲はA土地を取得する。乙はB土地を取得する。丙はC土地を取得する。」

 

➁代償分割というのは、一部の相続人に法定相続分を超える額の財産を取得させた上で、他の相続人に対する債務を負担させる方法です。


代償分割が認められるのは、次のような場合です。
ⅰ)現物分割が不可能な場合
ⅱ)現物分割をすると分割後の遺産の価値が著しく減損する場合
ⅲ)諸事情により特定の遺産を特定の相続人に相続させるべき必要がある場合
ⅳ)共同相続人間に代償分割を行うことについて争いがない場合

 

③換価分割とは、遺産を売却等で換金した上で、代金を分配する方法です。換価分割には、当事者全員の合意による任意売却と審判における換価とがあります。

 

④共有分割とは、遺産の一部又は全部を具体的相続分による共有取得とする方法です。この方法を採った場合、共有関係が解消しないため、共有関係を解消するためには、別途、共有物分割訴訟を行う必要があります。

学費は特別受益になるか

「学費は特別受益になりますか?」という質問をよく受けます。

 

特別受益とは、共同相続人の中に、被相続人から遺贈を受けたり、生前に贈与を受けたりした者がいた場合に、相続に際して、共同相続人間の公平を図ることを目的に、特別な受益を相続分の前渡しとみて、計算上贈与を相続財産に持ち戻して相続分を算定することです(民法903条)。

 

学費についてはよく問題になるのですが、高等学校卒業までの学費は通常、特別受益とはならないでしょう。

 

高校卒業後の学費については、私立大学医学部の入学金・授業料や海外留学費用などのように特別に多額なものは特別受益に該当する場合があります。

 

この点、裁判例としては、大阪高裁平成19年12月6日決定が「本件のように、被相続人の子供らが、大学や師範学校等、当時としては高等教育と評価できる教育を受けていく中で、子供の個人差その他の事情により、公立・私立等が分かれ、その費用に差が生じることがあるとしても、通常、親の子に対する扶養の一内容として支出されるもので、遺産の先渡しとしての趣旨を含まないものと認識するのが一般的であり、仮に、特別受益と評価しうるとしても、特段の事情のない限り、被相続人の持戻し免除の意思が推定されるものというべきである。」と判示しています。

 

上記裁判例からすれば、学費については、相続人間で相当多額の差が生じない限り、特別受益とは認められないものと思われます。

「これって訴えることができますか?」

法律相談をしていると、「こういう場合、訴えることができますか?」という質問を受けることがあります。

 

 

実は、この質問、弁護士泣かせの質問です。答えるのが一苦労なのです。

 

 

まず、相談者がどういう趣旨で言っているのかを確認する必要があります。

 

 

例えば、相談者の話が「ある人にお金をだまし取られた」という内容の話だったとします。

 

 

この場合、相談者は何を求めているのでしょう?

 

 

まず、警察に逮捕してもらって刑事事件にして有罪にしてほしいということが考えられます。

 

 

刑事事件で「訴える」というと、通常「起訴」のことを意味します。「起訴」とは、検察官が裁判所に対してある人を有罪にするように求めて刑事裁判を起こすことです。

 

 

日本では、「起訴独占主義」といって、私人の起訴を認めず、検察官だけが起訴をする権限を認められています。したがって、この意味の場合、答えは「ノー」ということになります。

 

 

もっとも、刑事事件で「訴える」というと「告訴」の意味もあり得ます。

「告訴」とは、被害に遭った人が捜査機関に対して被害を申告して「起訴」を求めることです。

 

 

「起訴」をすることは検察官しかできませんが、「起訴をしてください」と求めることは私人でもできます。ですから、この意味であれば、答えは「イエス」です。

しかし、告訴をすれば必ず検察官が起訴してくれるわけではないので、その説明も必要になります。

 

 

また、民事事件として提訴できるか、という趣旨の場合もあります。

 

 

この場合、答えは「イエス」です。日本国憲法では「裁判を受ける権利」が認められています。私人間の紛争について裁判所で結論を下してもらう権利が保障されているのです。

 

 

しかし、おそらく相談者はそういうことを聞いているのではなく、「裁判で勝てるか」という趣旨で聞いている場合が多いと思われます。

 

 

この意味の場合、ご相談のケースに応じて、「ある程度、勝算はあります」とか、「かなり難しいでしょう」とか、「やってみなければ分かりません」などと答えることになります。

 

 

このような話を全て説明しなければ、法律家として正確に答えたことになりませんので、「訴えることができますか?」という質問は弁護士泣かせの質問なのです。

 

 

 

 

死亡推定時刻

推理小説や推理ドラマで、「死亡推定時刻は何日の何時から何時頃です」という台詞がよくありますね。

 

 

死亡推定時刻ってどうやって推定するのでしょうか。

 

 

一般的には、7つの方法があるといわれています。

 

 

一つ目。体温の低下です。

人が死亡すると体温が低下していきます。体温の低下の程度は季節によって異なり、冬は1時間に2℃程度下がり、春や秋は1℃程度下がり、夏は0.5℃程度下がると言われています。

 

 

しかし、体格や室温などによって体温が下がる度合いは変わってくるため、それだけでは正確には分かりません。

 

 

二つ目。死後硬直です。

人が死亡すると筋肉が動かなくなるので体が固まってきます。死後24時間くらいかけて徐々に硬直していきます。それ以降は、逆に酵素が働いて硬直が解けていきます。この体の硬直具合や硬直が解かれている様子を見て死亡時刻を推定する方法です。

 

 

しかし、やはり、温度、天気、年齢などで左右されるので絶対的ではありません。

 

 

三つ目。死斑です。

人が死亡すると血の巡りがなくなるため、血が重力によって沈んでいき、ところどころに血がたまります。それが死斑です。死斑の有無、大きさ、体位を変えて死斑が移動するか(死斑が移動する場合は死後あまり時間が経過していない)などを確認して推定します。

 

 

しかし、死んだ後に体位が変化したりすると、死斑が出現しなかったり死斑の位置が変わったりするので確実とは言えません。

 

 

四つ目。角膜の混濁です。

人が死亡すると目の角膜が曇り始めます。これは体が乾燥していくからです。目の角膜は元々潤っていて最も乾燥の影響を受けやすいので指標として用いられます。

 

 

しかし、これもやはり、天候などの環境で変化しますし、目が開いているか閉じているか半目なのかによっても変わってきますので確実ではありません。

 

 

五つ目。胃の内容物です。

これはイメージしやすいと思います。胃の内容物の消化具合から死亡時刻を推定します。

 

 

しかし、胃の消化のスピードは個人差が大きいと言われており、ストレスなどを感じている場合は消化が遅かったりするそうです。

 

 

六つ目。膀胱内の尿の量です。

例えば、寝る前におしっこを済ませて寝た場合、寝てすぐに死亡した場合には膀胱内の尿の量は少なく、朝方であれば多くの尿がたまっています。それによってある程度の推定ができます。

 

 

しかし、寝る前におしっこを済ませたかどうか、夜中に目が覚めておしっこをしたかもしれないなど不確定な要素もあるので、あまり重視するわけにはいかないでしょう。

 

 

七つ目。腐敗です。

人が死亡すると、微生物や細菌により体の細胞が分解されていきます。夏は2日程度で腐敗が始まり、冬は7日程度で腐敗が始まるという目安があり、腐敗の程度によって推定します。

 

 

しかし、これもやはり、温度、湿度や死体の水分量によって腐敗の速度が相当変わってくるため、確実ではありません。

 

 

結局、どれ一つとっても確実ではないので、法医学の先生は、様々な要素を総合的に考慮し、知識と経験に基づいて推測することになります。

 

 

では、7つの要素を総合すれば確実に死亡時刻を当てられるかというと、そうでもありません。一つひとつの要素が不確実なので不確実なものを重ねてもやはり不確実なのです。

 

 

ですから、警察が捜査を行う際に法医学医の死亡推定時刻に頼ってしまうと、本当はアリバイがあるのにないことになったり、その逆になったりしてしまう危険があります。

 

そのため、警察では、「生きている時に最後に目撃された時刻」と「死体が発見された時刻」の間を「死亡推定時刻」と呼んで慎重に捜査を行うようです。推理小説やドラマとはだいぶ違いますね。

 

 

 

 

バールのようなもの

事件報道で「バールのようなもの」という表現を聞くことがあります。

 

 

どうして、「バール」と言わずに「バールのようなもの」と言うのでしょうか。

おそらく2つの意味があると思います。

 

 

まず、1つは、例えば自動販売機がこじ開けられて金銭が盗まれた事件で、何かでこじ開けた形跡はあるが、その道具が犯行現場に残っていない場合があります。

 

 

そういう場合、バールを使った可能性は高いのですが、犯行現場に残っていない以上、「バール」とは断言できないのです。

 

 

「普通バールでしょう」と言いたくなりますが、バールに似ているがバールでないものもあります。

 

 

バールは西洋から入ってきた工具ですが、日本に古来よりある工具で「カジヤ」という工具があります。「釘抜き」ともいいます。

ですから、確実にバールとは限らないので、「バール」と断定してしまうと正確な報道とはいえないのです。

 

 

もう1つの意味は、例えば殺人事件などで、凶器が現場に残っていても、「バールのようなもので殴られた」とか、「鈍器のようなもので殴られた」と表現する場合があります。

 

 

これには「秘密の暴露」が関係しています。

 

 

「秘密の暴露」というのは、事件の容疑者が自白をする際に、「捜査機関と犯人以外知りえない内容」を容疑者が話すことです。

 

 

例えば、殺人事件が発生して、犯行現場に血の付いたカナヅチが残っていたとします。でも、報道ではカナヅチと言わず、「バールのようなもので殴られた傷がある」と言っておきます。

 

 

その後、容疑者が浮かび上がって逮捕されて「自分が殺しました。」と自白すると、警察官は「じゃあ、どうやって殺したのか」と聞きます。

そのときに、容疑者が「カナヅチで殴りました」と答えると、カナヅチで殴られたことは報道発表されていないので犯人でなければ知らないはずです。

これが「秘密の暴露」です。

 

 

このような「秘密の暴露」があると自白の信憑性が高まりますので、有罪の証明に役立つというわけです。

 

 

「鈍器のようなもの」「ひものようなもの」という言い方も同じように使われています。

 

 

 

 

「法律を知らなかった」は通用しない

今回は「法律を知らなかった」は通用しない、というお話です。

 

 

日本は、もちろん法治国家です。法治国家では「国民は法律を知っていなければならない」というのが古代ローマ時代から続く大原則です。

 

 

例えば、人の物を盗むと窃盗罪で罰せられます。

「窃盗罪」という罪名を知らない人はいるかも知れませんが、「人の物を盗むことは悪いことであり、犯罪である」ということは誰でも知っています。

常識として知っていないといけないのです。

 

 

では、自動車運転に関する交通違反はどうでしょうか。

自動車を運転するためには免許が必要です。免許を取るためには自動車教習所で勉強しなければいけません。

教習所で勉強しているはずなので、自動車運転に関する交通違反は知っているはずです。

 

 

それでは、自転車の交通違反はどうでしょうか。

最近、自転車の交通違反の取り締まりが強化されています。自転車は運転免許がなくても乗ることができるので、自動車教習所に通っていない人もたくさんいます。

それでも、「法律を知らなかった」は通用しません。「自転車が左側通行だとは知りませんでした」(※1)とか「夜になったらライトを付けないといけないとは知りませんでした」(※2)も通用しません。

※1 3か月以下の懲役又は5万円以下の罰金

※2 5万円以下の罰金

 

 

上記の例は日常生活に関係する法律ですが、それ以外にもたくさんの法律があります。仕事に関係する法律もたくさんあります。

仕事に関する法律で特に重要なのは、会社でも自営業でも人を雇う場合には、労働法をしっかりと勉強しなければいけないということです。

 

 

こういう話をすると、「でも六法全書全部なんてとても覚えられません」という声が聞こえてきそうです。

しかし、それほど心配は要りません。自分の日常生活と仕事に関連する法律の基本を勉強しておけばたいていは大丈夫です。

例えば、趣味で鉄道の写真を撮る人は、線路内に立ち入ってはいけないとか(※3)、そういうことは知っておかないといけないでしょうね。

※3 鉄道営業法違反 1万円以下の科料 場合によっては威力業務妨害罪として3年以下の懲役または50万円以下の罰金

 

 

このように、基本的には日常生活に関係する法律と自分の仕事に関係する法律を知っていれば大丈夫ですが、非日常のことが起きた場合は注意が必要です。

例えば、相続などは非日常のできごとです。

自分に関係する相続が生じた場合には、初級者向けの本を買って勉強するとか専門家の法律相談を受けるなどして相続に関する最低限の法律知識については勉強されたほうがいいでしょう。

 

 

 

 

なぜ死体遺棄の容疑で逮捕するのか

殺人事件の報道で「死体遺棄の容疑で逮捕しました」という話をよく耳にします。

 

 

例えば、犯行現場が容疑者の自宅で、被害者の遺体が近くの雑木林で発見されたとします。

そうすると、おそらく犯人は「殺人」と「死体遺棄」の両方の罪を犯していると考えられます。

 

 

そして、容疑者が浮かんで、家宅捜索をして被害者の血痕があったり、凶器が発見されたりしたら、当然、殺人の疑いは濃厚になります。

ここまでくれば殺人容疑(あるいは殺人と死体遺棄の容疑)で逮捕してもおかしくないでしょう。

 

 

しかし、このような場合でも「死体遺棄」の容疑で逮捕することが多いのです。

 

 

殺人ではなく死体遺棄の容疑で逮捕する理由は二つ考えられます。

 

 

一つは、殺人という重大な犯罪なので慎重に捜査をして証拠が固まってから逮捕するべきだということです。

 

 

もう一つは、殺人と死体遺棄の容疑で同時に逮捕してしまうと、被疑者を身体拘束して取り調べる時間が短くなってしまうからです。

 

 

どういうことかというと、刑事訴訟法208条で被疑者の勾留は20日間と決められています。

検察官は、被疑者が勾留されてから20日以内に被疑者を起訴するか釈放しなければなりません。

 

 

刑事事件の被疑者には無罪推定の原則が働きますから、無罪かも知れない人を長期間拘束することは人権の観点から好ましくないし、身体拘束が長期間にわたると虚偽の自白を生むなどの問題があるからです。

 

 

しかし、殺人事件となると、警察も検察も、しっかりと取り調べをしたいんですね。警察や検察にとっては20日間というのは短い。そこで死体遺棄と殺人との2段階に分けて逮捕・勾留するという手法を用いるのです。

 

 

刑事訴訟法208条の解釈としては、「事件単位説」といって、逮捕や勾留は一つの事件ごとに行うと理解されています。

つまり、「死体遺棄事件」として20日間勾留してから、「殺人事件」として20日間勾留することができるのです(逮捕も含めるともう少し増えます)。

 

 

もちろん、死体を遺棄していない場合はこの手法は使えませんが、死体を遺棄している場合の多くはこの手法を用います。

 

 

報道で、被疑者は「殺人についても仄めかしている」という表現を用いる場合があります。

 

 

このような表現を用いる場合は、殺人についても供述していることが多いです。

 

 

どうして「殺人についても自供している」と明確に言わないかというと、死体遺棄容疑で逮捕・勾留しているときに殺人事件の取り調べをすることは好ましくない(任意の取調べは許されるが強制的な取り調べは許されない)のです。

 

 

そこで、「今はあくまで死体遺棄事件の取り調べをしているのであって、殺人事件の取り調べをしているわけではない」という建前を維持するために、明白に殺人について自供している場合でも「仄めかしている」という言い方をするのです。

 

 

私の見る限り、マスコミもこのあたりの事情は理解した上で報道しているように思います。

 

 

 

戸籍はいつからあるのか

最近、夫婦別姓の問題や、同性婚の問題などがよく話題に上ります。

こういう問題を議論する際に外せないのが戸籍の問題です。

 

 

そもそも戸籍はいつからあるのでしょうか。

 

 

日本で全国的な戸籍が初めて作られたのは670年と言われています。

徴兵や租税の管理が目的だったと言われています。

 

 

ということは、現在の戸籍を遡ると飛鳥時代までたどり着くのでしょうか?

 

 

そうではありません。飛鳥時代にできた戸籍制度は平安時代になくなってしまいました。

理由は、税金逃れのために戸籍の偽造が行われたり浮浪人が増えたりして、制度が崩壊したからだと言われています。

 

 

その後、しばらく日本には戸籍制度がなかったようなのですが、戸籍に似た制度はいろいろとあったようです。

 

 

たとえば、安土桃山時代には、学校で習った「太閤検地」が行われました。これもやはり年貢を取り立てるためのものでした。

 

 

江戸時代もいろいろな制度があったそうですが、戸籍制度は復活しませんでした。

 

 

戸籍制度が復活するのは明治時代に入ってからです。欧米列強の脅威にさらされる中、近代国家樹立に向けて様々な制度を整備したうちの一つだそうです。

「家制度」と密接に結びついた富国強兵政策の一環であったようです。

 

 

ところで、日本以外の国には戸籍はないのでしょうか。

 

 

日本の戸籍制度に類似した戸籍制度を採用している国は、中国と台湾です。

ただし、中国はかなり特殊な戸籍制度のようです。

台湾は、日本が統治していた時代に日本と同じような制度が作られ、改正を重ねながら現在に至っています。

 

 

台湾と同様に日本による統治が行われていた韓国でも、日本の統治時代に戸籍制度が作られました。

最近まで戸籍制度が続いていたのですが、2008年に廃止されました。

 

 

その他の国には、日本の戸籍制度のような制度はないみたいです。

 

 

では、どのようにして国民のことを把握しているのかというと、欧米などでは、ほとんどの国が国民識別番号制度(国民背番号制度)を導入しています。

 

 

同制度によって税務管理を行ったり、社会保障のために利用しています。

 

 

日本にもマイナンバー制度(正式名称:「社会保障・税番号制度」)が導入されましたので、近い将来、税務管理や社会保障はマイナンバーで管理されるようになると思います。

 

 

そうすると、戸籍制度は不要になるかも知れません。しかし、戸籍制度に関しては様々な意見がありますので、どうなるかは全く分かりません。

 

 

 

 

なぜ裁判は長引くのか

「裁判は時間がかかる」とよく言われますが、どうして裁判は時間がかかるのでしょうか。民事裁判を念頭に置いて説明します。

 

 

まず、裁判を起こそうと思えば、通常、弁護士に依頼をして「訴状」を作成して裁判所に提出します。

 

 

この「訴状」というのは、「何を訴えるのか」という一番重要な書面です。

訴状を作成するためには、弁護士は依頼者の話をしっかり聞いて依頼者が何を訴えたいのか把握しなければなりません。

 

 

そのためには、打合せを重ねつつ、「家の中にこういう書類はないですか」と尋ねたりしながら証拠を準備します。証拠の準備ができたら訴える内容を文章にしてまとめます。

 

 

事案の複雑さにもよりますが、訴状を準備するまでに1~2か月かかります。複雑な案件の場合はさらに時間がかかる場合もあります。

 

 

訴状が完成すると、訴状を裁判所に提出します。訴状を提出してもすぐに裁判は始まらず、訴状提出から1か月半後くらいに、ようやく「第1回口頭弁論期日」が開かれます。

 

 

「第1回口頭弁論期日」で裁判が始まります。裁判が始まると、被告(訴えられた側)が答弁書を提出することになります。

 

 

答弁書とは、訴状の記載内容について認否を行う書面のことです。具体的には、訴状に記載されている内容の一つひとつについて、「認める」、「否認する」、「不知」と答えていきます。

 

 

例えば、妻(原告)が夫の不倫相手の女性(被告)を訴えて慰謝料を請求する裁判の場合、訴状に、「被告は原告の夫の会社の同僚であり、同じ職場に勤めている」と書かれていたとします。

 

 

その記載に間違いがなければ「認める」と書きます。

事実と違う場合は「否認する」と書きます。

 

 

否認する場合には、「原告の夫なんて知らない。会ったこともない。」とか、「会社の同僚であるが、職場は別である。」などと追加して書きます。「否認する」というだけでは、どこが違うのか分からないからです。

 

 

こういうことを一つずつ書いていくのが答弁書です。

答弁書が出てくるまでに通常1か月程度かかります。

 

 

被告から答弁書が出ると、原告はそれに対して書面で反論します。

例えば、答弁書の内容が「同僚だが交際はしていない」という内容であった場合、「そんなはずはない。スマートフォンの着信履歴がある」などと反論をします。

 

 

それに対して、被告は「確かに電話はしたけど仕事の話だ」などと反論したりします。

 

 

こういうやりとりを基本的に全て書面で行います。

弁護士が書面を作成するのに、だいたい1か月程度かかるので、1か月に1回書面が出て、その1か月後に反対側から書面が出て、ということが繰り返されます。

 

 

どうして、1回の書面を作成するのに1か月もかかるのかというと、一つには、弁護士はその1件だけを扱っているのではなく数十件の案件を抱えているので、多くの書面を書かなければならず、そのために時間がかかるということがあります。

 

 

また、書面を作成するにあたっては依頼者と打合せをする必要がありますが、当然、依頼者と弁護士の双方が空いている日時で調整することになるので、すぐに打合せが入らないことも結構あります。

 

 

そのようなことで書面の作成に時間がかかります。裁判は書面のやりとりで時間がかかるのです。

 

 

 

 

弁護士を付けずに裁判はできるか?

弁護士を付けずに裁判はできるのでしょうか。

まず、日本の裁判は大きく分けて刑事裁判と民事裁判があります。

 

 

まず、刑事裁判の場合、公開の法廷で行われる正式裁判においては、一定の案件では必ず弁護人(刑事裁判で被告人を弁護する弁護士のことを「弁護人」といいます。)を付けなければならないことになっています。これを「必要的弁護事件」といいます(刑事訴訟法289条等)。

 

 

一定の案件と書きましたが、実はほとんどの案件が該当します。

殺人、強盗、窃盗、詐欺、恐喝、覚醒剤、強制わいせつ、傷害等は全て必要的弁護事件です。

 

 

弁護人を付けないで裁判できる案件はかなり少なく、一般に知られている罪名としては、無免許運転、酒気帯び運転、暴行罪くらいです。

 

 

では、これらの案件で弁護人を付けずに裁判をしているかというと、そうではありません。

 

 

弁護人を付けたいけど弁護士費用を出せない人は国選弁護人を請求することができます(付けなくてもいいというだけで、付けたい人は被告人の権利として付けることができます。)。

 

 

また。本人が「弁護士を付けなくていい」と言い張っても、たいていは、裁判官が職権で弁護人を付けます(刑事訴訟法37条)。

 

 

なぜかというと、もちろん被告人の人権を守るという意味もあるのですが、弁護人が付いていないと裁判のルールをいちいち説明するのが大変なんです。

 

 

その結果、刑事事件のうち正式裁判では99%弁護人が付いています。

 

 

次に、民事裁判の場合、日本では、どんな裁判でも弁護士を付けずに裁判できます。

 

 

これに対して、ドイツ、オーストリア、フランスでは、必ず弁護士を付けないといけないという決まりになっています(弁護士強制主義といいます。)。

 

 

弁護士を付けずに自分で裁判をすることを一般に「本人訴訟」といいます。

実は、日本では、本人訴訟の割合が結構高いのです(地裁で50%程度、簡裁で90%程度)。

 

 

本人訴訟の場合、当事者尋問がどうなるのかに気になりますね。

当事者尋問というのは、テレビドラマでよく見るように、裁判の当事者が法廷の証言台の前で弁護士から質問を受けてそれに答えるというものです。

 

 

当事者尋問には、主尋問と反対尋問があります。

双方が弁護士を立てるケースでは、主尋問では、自分が依頼した弁護士が自分に対して質問をします。反対尋問では、相手が依頼した弁護士が自分に質問をします。

 

本人訴訟の場合、自分に対する主尋問は誰がするのでしょうか。

自分で自分に対して質問して自分で答えるのは想像しただけでも滑稽ですね。

 

 

答えは、裁判官です。

具体的には、どういう質問をするかを自分で考えて「尋問事項書」という書面を作成して事前に裁判所に提出しておき、それを裁判官が読み上げて、それに対して回答します。

 

 

 

 

民事訴訟の請求額

今回は,民事訴訟の請求額について書きたいと思います。

 

 

よく,ニュースなどで,「○○円を請求した裁判で○○円の支払いを命じる判決が出ました」というのを見かけませんか。

 

 

だいたい,請求額よりも判決の金額のほうが低いですよね。

 

 

請求額は何を基準に決めているのでしょうか。

 

 

実は,請求額は,一応の理由があれば幾らでもオーケーです。

 

 

例えば,ある人がある人を殴ってケガをさせたとします。

話し合いで解決すればそれでいいのですが,話し合いで解決しなくて,被害者の人が民事訴訟を起こすとします。

 

 

請求額はどうやって決めるのでしょうか。

 

 

基本的に,積み上げ方式です。

 

 

ケガをしたので病院に行って治療費がかかりました。通院の交通費がかかりました。それらを積み上げていきます。

殴られたときにメガネが壊れたのであればメガネ代も積み上げます。

 

 

そして,ケガをさせられた場合には慰謝料も請求できます。

この慰謝料が一つのポイントです。

 

 

治療費や交通費は領収書などで決まります。実際にかかったお金より多く請求するのは一応の理由すらありません。

 

 

ただし,慰謝料は精神的な損害を金銭的に評価するものです。

「私はものすごく傷ついた。ものすごく苦しんだ。私の苦しみを金銭的に評価すれば1億円だ」と言って1億円を請求することも可能です。

一応の理由といえるからです。本人としてはそれくらいの感覚だというのが一応の理由です。

 

 

浮気の慰謝料の場合でも1億円請求することは制度上可能です。

 

 

そして,民事訴訟の重要なルールとして,「請求額以上の判決額は出ない」というルールがあります。難しい言葉ですが「処分権主義」という民事訴訟の大原則です。

 

 

そうしますと,請求額は大きいほうがいいと思いませんか。

 

 

なので,たいていの場合,多めに請求するのです。

 

 

じゃあ,「僕は10億円請求したい」というのもありでしょうか。

あり得ないことはないのですが,収入印紙代の問題があります。

民事訴訟を提起する場合,請求額に応じて訴状に収入印紙を貼らないといけません。

 

 

この額は法律で決められており,例えば,1000万円を請求する場合,収入印紙代は5万円です。1億円を請求する場合,32万円です。10億円を請求する場合,302万円です。

 

 

ですから,認められるはずがないような金額を請求するのはもったいないのです。

 

 

特に,名誉毀損の裁判の場合,請求額と認められる額が大きくかけ離れる場合が多いような気がします。

名誉毀損の場合,「自分の信用が低下した。自分の信用の価値はこれくらいだ。」といって結構大きい額を請求するのですが,残念ながら裁判所が認める額は本人が思っているよりかなり少ないんですね。

 

 

判決では,過去の裁判例なども参考にしつつ,他の事案と不公平にならないように金額を決めます。同じような事案なのに,A裁判官は5000万円,B裁判官は5万円,では不公平ですよね。

 

 

ですから,無理矢理大きな額を請求しても認められる金額には影響しません。

 

 

 

 

泉佐野市が国に勝訴

先日(3月10日),ふるさと納税に関連した裁判で泉佐野市が国に勝訴したという判決があり,ニュースになりました。

 

 

ふるさと納税制度は2008年から開始したのですが,各自治体で,年々,返戻品が豪華になっていきました。

そのため,国は,あまりにも豪華な物や自治体の産業と関係のない物は返礼品にしないように呼びかけを続けました。

 

 

しかし,泉佐野市は,国の呼びかけを無視して高価な肉やAmazonギフト券などを返礼品に取り入れて多額の寄付金を集め,2018年度には498億円を集めたそうです。

 

 

これに対して,ふるさと納税を所管する総務省は,省令を改正して,多額の寄付金を集めた自治体の特別交付税を減額することや,そのような自治体をふるさと納税制度から除外することを決定したのです。

 

 

その結果,2019年度の泉佐野市の特別交付金は前年度比で4億4000万円減らされました。また,2019年5月には,総務省は泉佐野市を含む4つの自治体を制度から外しました。

 

 

これに対して怒った泉佐野市は,「そんな決定はおかしい!」と言って裁判を起こしました。

 

 

泉佐野市は,①まず,2019年11月に,ふるさと納税の制度から除外された決定の取り消しを求めて提訴しました。

②次に,2020年6月に,特別交付金を減額した決定の取り消しを求めて提訴しました。

 

 

除外決定の取り消しを求めた裁判(①)は最高裁まで行き,最高裁は,そういうことを決めるのは総務省の権限の範囲を越えている,という理由で,泉佐野市を勝たせました(2020年6月30日判決)。

 

 

今回のニュースは,もう1つの裁判(②)のほうで,特別交付金の減額決定の取り消しを求めた裁判です。

今回の判決は,最高裁ではなく大阪地裁ですが,①の裁判と同様に,総務省の権限の範囲を超えており違法と判断しました。

 

 

省令で定めることができるのは法律の趣旨に反しない範囲に限られます。いずれの決定も法律の趣旨を超えていると判断されたわけです。

 

 

 

 

漫画村の広告代理店に賠償命令

昨年末(12月21日),東京地裁で,インターネットの海賊版サイト「漫画村」に掲載する広告を募った代理店に対して損害賠償を命じる判決がありました。

 

 

「漫画村」の運営者は,昨年,刑事事件で実刑判決になりましたが(令和3年6月2日),今回は民事訴訟です。

 

 

少し前に,「ファスト映画」の投稿で有罪判決が出た話を書いたときに「漫画村」のことも少し書きました。

 

 

そのときには,「違法アップロードされたコンテンツを視聴する人が多いから違法アップロードがなくならない。今後は違法アップロードされたコンテンツをストリーミング再生する視聴者にも罰則がつくかもしれない。」という話をしました。

 

 

個人の視聴者を取り締まるのは難しいので,今回のように広告代理店の責任を認めたことの異議は大きいと思います。

 

 

判決では,「漫画村」は著作権を侵害しており,広告料を運営会社に支払う代理店行為も著作権侵害を幇助していると判断したのです。

 

 

また,今年に入って,ネタバレサイトの経営者が著作権法違反の容疑で書類送検されました。漫画の台詞などを無断でネットにアップロードしていたという事件です。

 

 

報道によりますと,ほぼすべての台詞を閲覧できる状態にしていたようです。

 

 

つまり,「ネタバレサイト」という形で報道されていますが,ほとんどの台詞をアップしたことが著作権侵害に当たるということです。

 

 

ネタをばらしたこと自体が著作権法違反ということではありません。

しかし,ネタをばらしたことで漫画の売り上げに影響が出て損害が発生すれば別の法律に引っかかることもあり得ます。

 

 

このケースもやはり広告収入を得ていたそうです。

今後はこのようなサイトに広告を出す会社や広告代理店が訴えられるケースが増えてくると思われます。

 

 

 

 

教師に水道代請求

昨年の夏,高知県の公立小学校で,プールの水を止め忘れたことにより250万円ほど水道料金が増えたという事件(事故?)がありました。

この件で,水を止め忘れた教師に水道代を請求するというニュースがありました。

 

 

報道によると,高知市は増えた水道料金の半分程度の132万円を現場の教師たちに請求すると決めたそうです。

内訳は,止め忘れた教師が50%の66万円,校長と教頭が25%の33万円ずつだそうです。

 

 

この手の事件は,よく起きています。

 

 

昨年夏には,大阪市の小学校でプールの排水弁が開いたまま1週間水を出し続けた事件があり,このときの損害額は140万円くらいといわれています。

 

 

2018年には,神奈川県綾瀬市の公立小学校でプールの給水栓を閉め忘れて108万円の損害が出た事件で,市が学校関係者7人に対して損害額の50%にあたる54万円を請求したことがありました。

 

 

そして,学校ではないですが,兵庫県庁では,2019年に貯水槽の点検時に排水弁を閉め忘れて600万円の損害が出たことがありました。

このケースでは,県が職員に対し損害額の半分にあたる300万円を請求しました。

 

 

だいたい,損害額の半額程度を請求していることが多いですね。

今回の高知市の件でも,損害額の半額を請求することになりました。

 

 

この「半額請求」の流れは,過去に東京の都立高校でプールの排水バルブを閉め忘れて100万円程度の損害が発生した事案で,都民が裁判を起こした件がきっかけになっています。

 

 

都民は裁判で「都はミスをした教職員らに対して損害額の全額を請求すべきだ」と主張したのですが,裁判所は「請求できるのは半額までが妥当だ」と判断しました。

この例が半額請求の前例になったのです。

 

 

しかし,仕事上のミスによる損害を組織が個人に対して請求することについては賛否両論があります。

 

 

プールの事件に関していえば,例えば,自動で異常を感知して給水をストップする装置を付けるとか,複数の人が確認する態勢を作る等の対策を取っていれば防げたかもしれません。

 

 

個人的な感想としては,多忙な教師に責任を取らせるのは少しかわいそうな気がします。

 

 

 

 

子どもの連れ去りに国際逮捕状

先月(11月)末,フランスの司法当局が子どもをフランス人の父親から引き離したとされる日本人の妻に対して親による誘拐などの容疑で国際逮捕状を発行したというニュースがありました。

 

 

ヴィンセント・フィショさんというフランス人の男性がフランスの司法当局に告訴していたそうです(告訴は2019年)。

 

 

報道だけでは詳しい内容はわかりませんが,ヴィンセントさんは,3年前に日本人の妻が2人の子どもを連れて無断で家を出て行ったと訴えているようで,逮捕状の容疑としては,「未成年者拉致の罪」と「未成年者を危険にさらした罪」とのことです。

 

 

ヴィンセントさんは東京オリンピックの開催期間に合わせて国立競技場前で3週間ハンガーストライキを行ったとのことで,それが注目されてフランスの司法当局を動かしたのではないかと言われています。

 

 

親による子どもの連れ去りで国際逮捕状が出ることはときどきありますが,多くは,親子が外国で生活していたところ,母親が子どもを連れて他の国(母親の国籍国など)に移住したようなケースです。

しかし,今回のケースは,元々,親子が日本で生活していたところ,母親が子どもを連れて日本内で引っ越したケースについて国際逮捕状が発行されたので極めて異例です。

 

 

ヴィンセントさんがハンガーストライキを行ったときは,日本のマスコミはほとんど取り上げなかったようですが,今回の国際逮捕状発行のニュースはかなり反響が大きいみたいです。

 

 

反響が大きいことの背景には日本と欧米の法律の違いがあると思います。

 

 

欧米では夫婦が離婚しても「共同親権」といって父親も母親も子供の親権者であり続けます。

 

 

この「共同親権」が背景にあるため(他の見解もありますが私はこのように考えております。),欧米の場合,夫婦が離婚した場合に母親が子供を引き取ったとしても,行政機関や民間施設等による支援が充実していることもあって,父親と子供との面会は比較的スムーズに行われます。

また,母親が父親に無断で引っ越したり,正当な理由なく面会を拒絶したりすると厳しい罰則があります(国や州によって異なりますが)。

 

 

その延長線上として,離婚前の別居状態の場合でも,親と子供との面会は基本的に保証されており(児童虐待等を除く),一方配偶者が他方配偶者に無断で子供を連れて家を出ると誘拐の罪に問われたりします。

 

 

これに対して,日本では離婚した場合に「単独親権」といって,どちらか一方の親だけが親権者となります。

そのため,親権者でない親が軽く扱われる傾向にあるように思います。

 

 

実際,日本では,親権者となった親が子供を引き取った後,他方の親に一切子供を会わせないケースが少なくありません。

 

 

そして,日本では,離婚前の別居状態の場合でも,離婚後において多くの場合に母親が親権者になるという背景もあり,母親が父親に無断で子供を連れて家を出ることについて問題視されない傾向にあります。

 

 

今回のニュースは,このような日本の現状に問題を投げかけたといえます。

 

 

 

 

ファスト映画刑事裁判

ファスト映画を動画投稿サイトで公開した著作権法違反罪で男女3人が刑事裁判で有罪判決になりました。

 

 

ファスト映画というのは,1本の映画を10分から15分くらいにまとめてナレーションを付けたりして筋書きを紹介していく動画のことです。昨年(令和2年)の春頃から増えてきているそうです。

 

 

今回,刑事裁判になったケースは,著作権者に無断で映像を利用し,かつ,編集もしており,著作権法違反は明らかです。3人の被告人も当初より起訴事実を認めていました。

 

 

3人の被告人が有罪なのは明らかですが,今回は視聴者側がどうなるのかについて勉強したいと思います。

 

 

そのためには,著作権法の改正経緯を見ていく必要があります。

 

 

著作権者に無断で映画などの著作物をアップロードするのは,ずっと以前から違法です。

 

 

これに対してダウンロードが違法になったのは比較的最近です。

 

 

平成22年に,初めて「違法にアップロードされた音楽や映画を違法にアップロードされたものであることと知りながらダウンロードをすること」が違法になりました。

しかし,このときはまだ罰則がありませんでした。

 

 

平成24年の著作権法の改正で刑事罰が規定されました。この時点でダウンロードが単なる「違法」から「犯罪」になりました。

 

 

そして,今年(令和3年)1月1日に施行された改正法では,さらにダウンロードが禁止される範囲が広まりました。

これまでは,禁止される範囲が音楽や映像のダウンロードに限られていたのですが,改正法では全ての著作物が対象になりました(漫画なども含まれるようになりました。)。

 

 

このように,徐々にダウンロードが違法になる範囲が広がってきています。

 

 

もっとも,現時点ではストリーミング再生は違法ではないということになっています。

 

 

しかし,個人的には,いずれストリーミングも違法になるだろうと思っています。

なぜかというと,結局のところ,視聴する人がいる限り違法アップロードはなくならないので,本当に著作権者の利益を守ろうと思えば,「ストリーミングは合法」という現状のままでいいとは思えないからです。

 

 

 

 

布川事件国賠・国の敗訴決定

9月,布川事件の国賠訴訟において国と県の敗訴が確定したというニュースがありました。

 

 

布川事件というのは,1967年に茨城県で起きた強盗殺人事件です。

物証がないまま2人の青年が起訴されて無期懲役の判決を受けて服役し,2人は仮出所後に再審請求を行いました。

 

 

1回目の再審請求は退けられましたが,2回目の再審請求で再審が開始され,2011年に再審無罪判決が確定しました。

 

 

再審では,被告人の無罪方向に働く証拠が多数隠されていたことが判明し,自白も虚偽であったことが認められました。

 

 

国家賠償請求(国賠請求)とは,公務員が不法行為を行った場合に国や自治体に対して損害賠償を請求できる制度です。

 

 

今回のケースのように刑事事件で無罪になった案件で国賠請求が行われることはしばしばあります。

 

 

もっとも,刑事判決で無罪になったからといって必ず国賠請求が認められるわけではありません。

 

 

なぜかというと,国賠請求が認められるためには公務員の「不法行為」があったことが必要だからです。

 

 

具体的には,例えば,捜査機関が法律に則って最善を尽くして証拠を集めて,「証拠関係から犯人に間違いない」と考えて起訴した場合,公務員としての職務を全うしているので「不法行為」とはいえないのです。

 

このような,結果的に無罪になったとしても「不法行為」がなければ国賠請求は認められません。

 

 

公務員の「不法行為」が認められるためには,公務員がその行為を行った当時に公務員としての職務に違反したといえなければなりません。

 

 

布川事件では,捜査機関は意図的に被告人の無罪方向へ働く多数の証拠を裁判所に提出せず,しかも,被告人に対して虚偽の自白を誘導していました。これらの点が悪質だと判断されて「不法行為」が認められたようです。

 

 

そもそも,問題は,捜査機関(検察)が裁判所に提出する証拠を自由に選べるという制度にあります。

 

 

再審無罪となり,国賠で勝訴した桜井昌司さんは記者会見で「全ての証拠開示を義務づける法改正が必要だ」と訴えました。

 

 

 

 

岡口裁判官弾劾裁判

仙台高等裁判所の岡口裁判官が弾劾裁判にかけられるというニュースが話題になっています。

 

 

岡口裁判官はSNSで女子高生が殺害された事件の刑事裁判の判決文を紹介してコメントをしたり,犬を取り戻す裁判などでもコメントをしています。

 

 

今回の弾劾裁判は,殺害された女子高生の遺族が弾劾裁判を行うように国会の訴追委員会に請求したことがきっかけになっています。

 

 

そもそも弾劾裁判とはなんでしょうか。

 

 

弾劾裁判というのは憲法で規定されているのですが,憲法の三権分立と関係しています。

ご承知のとおり,法律を制定するのが国会,法律に基づいて行政を行うのが内閣,紛争の解決や少数者の人権が侵害された時などに人権を救済するのが裁判所です。

 

 

民主主義国家では,原則として多数決で物事が決められます。選挙で選ばれた国会議員が法律を作ったり内閣総理大臣を選んだりします。

 

 

しかし,内閣が暴走した場合には国会や裁判所が内閣の暴走を止める役割があります。

 

 

そのための仕組みの1つとして「裁判官の独立」(日本国憲法76条3項)が規定されています。

 

 

裁判官の独立というのは非常に重要です。

もし仮に,裁判官を辞めさせる権限を内閣に与えるとすると,内閣は気に入らない判決を書く裁判官を罷免するかもしれません。

 

 

そうなると,裁判官は内閣に気に入られる内容の判決しか書けなくなり,健全な民主主義が成り立たなくなります。

 

 

そのため,憲法では,裁判官を罷免するためには国会に設置する弾劾裁判所で審理することにしているのです(その他に国民審査で罷免される場合があり得ます。)。

 

 

弾劾裁判についての具体的な内容は「裁判官弾劾法」に規定されています。

 

 

裁判官弾劾法では裁判官を罷免できる場合として,①職務上の義務に著しく違反し,又は職務を甚だしく怠ったとき,②その他職務の内外を問わず,裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき,の2つが規定されています。

 

 

岡口裁判官のケースは,職務を怠ったわけではないので,②の「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があった」として訴追されたと思われます。

 

 

弾劾裁判の手続としては,まず,「裁判官訴追委員会」が訴追するかどうかを決めます。

訴追委員会の構成は衆議院議員10人と参議院議員10人の合計20人です。

罷免の訴追をするためには(出席訴追委員の)3分の2以上の多数が賛成する必要があります。

 

 

訴追が決定すれば,「弾劾裁判所」において審理されます。

弾劾裁判所の裁判員は衆議院議員7人,参議院議員7人の合計14人です。

罷免の判決を出すためには,ここでも(審理に関与した裁判員の)3分の2以上の賛成が必要です。

 

 

現時点では,訴追委員会が訴追を決定した段階です(注:令和3年8月現在)。

 

 

裁判官の弾劾裁判はこれまでに9件行われており,そのうち7件で罷免の判決が出ています。

 

 

SNSでの書き込みを理由に裁判官が弾劾裁判にかけられるのは初めてのことです。

 

 

岡口裁判官は,「裁判官であることを名乗らずに一般人として投稿している。自分から裁判官と名乗ったことはない。」「裁判官であっても一般人として表現の自由はあるはずだ。」という主張をされており,岡口裁判官を擁護する声も聞こえます。

 

 

前例のない弾劾裁判であり,どういう結論になるのか注目しています。

 

 

 

 

夫婦別姓訴訟最高裁判決

6月に夫婦別姓に関する重要な最高裁の判決が二つ出ました。

 

 

一つは6月23日に出た大法廷判決で,もう一つは6月28日に出た小法廷判決です。

大法廷判決のほうが重要ですので,大法廷判決を中心にお話しします。

 

 

以前,「夫婦別姓訴訟が小法廷から大法廷に回付された」というお話をしましたが,今回その判決が出されたのです。

 

 

以前のお話を簡単に復習しますと,最高裁には大法廷と三つの小法廷があって,小法廷で裁判官の意見が分かれているときなどは大法廷に回付することができます。

 

 

今回の裁判の争点は,夫婦別姓の結婚制度を認めていない現在の法律が憲法違反かどうかという点です。

3組の事実婚の夫婦が提訴をして,別々に最高裁まで上がってきて,今回,最高裁は3件の裁判について大法廷でまとめて判断しました。

 

 

結論は,夫婦別姓を認めない現行の法律制度は合憲であるとの判断でした。

 

 

実は,2015年(平成27年)にも同じ争点について最高裁は合憲判断を示しています。

 

 

最高裁判所が判例を変更するのは,社会情勢の変化や国民の価値観などが大きく変化して,以前の判例では大きな不都合が生じているような場合です。

 

 

しかし,今回の判決は前回の判決から5年半程度しか経っていません。

しかも,判断の対象となるのは,2018年に事実婚の夫婦が婚姻届を提出しようとして受理されなかったことです。

 

 

ですから,2018年に「婚姻届を受理しなかった」ことが当時の社会情勢や価値観に照らして憲法違反とするべきか,が問われます。

 

 

最高裁としては,前回の合憲判断が出てから3年間で社会情勢や価値観が大きく変化したのかというと,少しは変化したが大きくは変化していない,という判断に至ったのだと思います。

 

 

個人的には最高裁判決が3年程度で変更されるのは社会の安定性という点から好ましくないと思いますので,結論としては妥当だと思います。

 

 

もっとも,今回の判決では15人の裁判官のうち4人が違憲の判断を示しましたし,社会情勢や価値観が変化してきていることは間違いないと思います。

国会での活発な議論を期待したいと思います。

 

 

 

 

対面授業なしで学生が提訴

先月,コロナ禍で対面授業を行わない大学に対して,学費の一部返還などを求めて,学生が大学を提訴する(予定である)というニュースがありました。

 

 

その学生は,令和2年4月に私立大学に入学したのですが,昨年度一年間,所属する経営学部で受けた授業はオンラインだけだったとのことです。

 

 

大学と学生の法律関係は一般に「在学契約」と呼ばれます。一般的にはそう呼ばれていますが,法律上には「在学契約」という名前の契約は存在しません。

 

 

例えば,不動産を借りるときは「賃貸借契約書」を作成します。不動産を購入する場合は,「不動産売買契約書」を作成します。

しかし,大学に入るときは「入学誓約書」などには署名するのですが,「在学契約書」を作成することはありません。

 

 

通常,契約の内容は契約書を読めばだいたい分かります。

しかし,在学契約にはそもそも契約書がありません。

 

 

契約書がない場合,どうやって法律関係を考えるかというと,過去の裁判例を参考にします。

 

 

在学契約で参考になる最高裁判決があります。

最高裁判決が述べていることをかみ砕いていうと,「在学契約」とは,大学は学生に対して講義を行ったり施設を利用させる義務を負い,学生はそれに対する対価(つまりお金)を払う契約である,とのことです。

 

 

これだけでは当然のことを言っているだけですが,続けて,こう述べています。

「教育法規や教育の理念によって規律されることが予定されており,取引法の原理にはなじまない側面も少なからず有している。」

 

 

ここが重要です。

「取引法」というのは,電化製品を販売するとか,部品を製作して納品するとか,一般的にイメージする「取引」を行う場合に適用される法律のことです。

最高裁は,「在学契約」は「取引法」の原理になじまない,といっているわけです。

 

 

一例を挙げると,平成26年3月24日の大阪地裁判決があります。

この裁判例は,学生募集の際に大学が説明した授業の内容が,入学後,一部変更されたことを理由に,学生が大学に損害賠償等を求めた事案です。

判決は,教育内容については教育専門家である大学や教員に裁量があるという理由で学生の請求を退けています。

 

 

一般の商品売買などであれば,実際に購入したところ「説明されていた機能が付いていない」という場合,契約の解除などが可能です。

しかし,在学契約の場合,「教育の専門性」という要素があり,簡単には「説明と違うから授業料を返せ」とはいえないのです。

 

 

そういった在学契約の性質を考えると,対面授業していないことで授業料の一部を返還してもらうことは,なかなか厳しいのではないでしょうか。

 

 

 

 

覆面レスラー議員

4月,大分市の覆面レスラー議員が市議会のサイトなどに顔写真が載せられないのは人権侵害だということで,大分地裁に仮処分を申し立てるというニュースがありました。

 

 

市議会議員の名前は「スカルリーパー・エイジ」さんといいます。

 

 

エイジ氏は覆面プロレスラーで,大分市議選には2013年2月に初当選して,その後当選を重ねて現在は3期目です。

 

 

ところで,エイジ氏は市議会議員としての正式な顔写真撮影をしていないそうです。

 

 

理由は,エイジ氏は覆面で撮影して欲しいと要望しているのだけれども,市議会は素顔での顔写真しか掲載しないという立場をとっているからです。

 

 

そのため,エイジ氏は大分市議会のサイトや市の広報誌などに市議会議員としての顔写真を出せない状況が続いています。

 

 

今回,エイジ氏は,市議会のサイトなどの顔写真を載せないのは人権侵害だとして裁判所に仮処分を申し立てる予定だと述べています。

 

 

仮処分という手続きは少しややこしいので,今回は仮処分の説明は省略して,「人権侵害だ」というエイジ氏の主張について検討したいと思います。

 

 

「人権」というのは,「人として当然に認められる権利」とか「自分らしく生きるために尊重されるべきもの」とか,基本的にはそのようなイメージでいいと思います。

 

 

しかし,人権の本来的な意味は,「公権力によっても奪うことのできない個人の自由」というところにあります。この場合の個人は「私人」を意味しています。

 

 

ところが,エイジ氏は市議会議員ですから議員として活動する場面では「私人」ではなく「公人」です。

 

 

そして,今回問題になるのは,公権力が「私人」の自由を奪う場面ではなく,公権力が「公人」に対して設定したルールの是非です。

 

 

そのように考えると,あくまで私見ですが,エイジ氏の主張が認められるのは難しいのではないかと考えております。

 

 

 

 

時短命令に提訴

先月(3月),飲食店を経営する会社が東京都の時短命令は違法であるとして,損害賠償を求めて提訴したというニュースがありました。

 

 

まず,東京都の出した時短命令について説明します。

 

 

新型コロナウイルス対策の特別措置法(正式名称:新型インフルエンザ等対策特別措置法)が今年の2月に改正されました。

 

 

それまでの法律では,緊急事態宣言の状況下において,時短営業等の「要請」ができるという内容だったのが,改正後は「命令」を出せるようになりました。

 

 

「要請」と「命令」では意味が全く違います。「要請」は一種の「お願い」ですが,「命令」には従う義務があります。

しかも,改正法では,「命令」に従わない場合の罰則も規定されています(緊急事態宣言の場合:30万円以下の過料,まん延防止措置の場合:20万円以下の過料)。

 

 

この改正法に基づいて,東京都は,3月18日,営業時間短縮の要請に応じていない飲食店27店に対して時短営業の命令を出しました。

 

 

ところが,命令を出された飲食店27店のうち,26店舗が「グローバルダイニング」という会社が経営する店舗だったのです。

 

 

命令を出した理由について,東京都は,「対象施設は,20時以降も対象施設を使用して飲食店の営業を継続し,客の来店を促すことで,飲食につながる人の流れを増大させ,市中の感染リスクを高めている。加えて,緊急事態宣言に応じない旨を強く発信するなど,他の飲食店の20時以降の営業継続を誘発するおそれがある」と説明しています。

 

 

実際,この会社は,会社のwebサイトやSNSで時短要請に応じないという会社の考え方を発信していました。

 

 

会社としては,時短要請に応じない理由を複数述べていますが,そのうちの1つに,「店舗の規模が大きいので1日1店舗6万円の協力金では経営的に厳しい」ということを挙げています。

 

 

改正法によれば,「命令」を出すことができるのは,「正当な理由がなく」都道府県の要請に応じない場合とされており,国が都道府県に出している通達によれば,店の経営状況等を理由に要請に応じないことは「正当な理由」に該当しないとされています。

 

 

しかしながら,「通達」は法令ではなく,国民に対して直接の拘束力を持ちません。「通達」の妥当性なども含めて裁判所が判断することになります。

また,この会社が時短要請に応じない旨の考え方を発信していたことを理由の1つとして命令を出した点については,表現の自由の侵害ではないかという点も問題となるでしょう。

 

 

 

 

相続登記義務化

今年2月,法制審議会が相続登記の義務化を盛り込んだ法律改正の要綱を法務大臣に答申した,というニュースがありました。

 

 

土地や建物などの不動産については登記簿で管理されています。

登記簿が整備されていることで,不動産を購入する際に所有者が誰であるかを確認して安心して購入することができるのです。

 

 

その登記簿に登記名義人として記載されている人が死亡した場合,本来であれば,相続人の間で話し合って,誰がその不動産を承継取得するのかを決めます。そして,承継する人が決まればその人の名前で相続登記を行います。

 

 

しかし,現在の法律では相続登記は義務ではないため,実際には,相続登記の費用を節約するためや,話し合いがまとまらない等の理由で,元の名義人のまま長期間放置されることがあります。

 

 

相続登記がされずに長期間放置されると,相続人が何十人にも細分化していきます。

また,相続人が引越などで住所が変わっても,登記簿上の住所の変更手続きをしていないと相続人の住所を追いかけるのも困難になります。

 

 

このように,相続登記がされないまま長期間放置すると,所有者が誰か分からない,生死も不明という状況が生じます。

このような所有者不明の土地は全国に約2割あるといわれています。

 

 

不動産の所有者が不明だと困ることがいろいろあります。

 

 

例えば,国や自治体がある土地を収用して道路として利用したいとき,その土地の所有者と交渉する必要があるのですが,誰と交渉していいか分からないため,いつまで経っても土地を利用できないということになります。

 

 

また,倒壊の危険のある空き家が放置されたり,荒れ地が放置されて景観が悪化したりします。

 

 

そのような事態を避けるために,今回の法制審議会の答申では,不動産を相続したことを知ってから3年以内に相続登記をしなければいけないと義務化するべきだと述べています。そして,違反した場合には過料という制裁(10万円以下)を課すべきとしています。

 

 

 

また,住所や氏名を変更した場合には2年以内の申請を義務づけるべきであるとしています(違反すれば5万円以下の過料)。

 

 

 

アメリカ前大統領の弾劾裁判

アメリカ前大統領であるトランプ氏の2回目の弾劾裁判が話題になっています。

 

 

トランプ氏は今回の弾劾裁判が2回目になります。

1回目は,大統領選挙に関連してウクライナの大統領に圧力を掛けたという容疑で訴追されましたが,昨年2月に無罪の評決が出ました。

 

 

今回は,1月にトランプ氏の支持者がアメリカの連邦議会議事堂を襲撃した事件において,その襲撃を扇動したという容疑です。

 

 

アメリカの大統領の弾劾裁判の制度を簡単に説明します。

アメリカの連邦議会のうち,まず,下院が訴追するかどうかを決めます。

 

 

下院が訴追するためには過半数の賛成が必要です。

現在,下院の過半数を民主党が占めているので弾劾訴追が可決されたわけです。

 

 

弾劾訴追が可決されると,次は上院で弾劾裁判が行われます。

上院議員が陪審員の役割をします。上院議員の3分の2以上が賛成をすれば「有罪」の評決となります。

 

 

この「有罪」というのは,ちょっと特殊な意味で「政治的な有罪」という意味です。

 

 

有罪となった場合,それだけでは不名誉なだけですが,有罪の評決が出ると,上院の過半数の決議で公職に就く資格を剥奪することができます。

 

 

これには重要な意味があります。トランプ氏は4年後の大統領選挙に出馬する意向があるといわれていますが,公職に就く資格を剥奪されると,大統領選挙に出馬することはできなくなります。

 

 

それでは,今回の弾劾裁判はどうなるのでしょうか。

上院の議員定数は100人なのですが,現在,上院では共和党と民主党がちょうど50人ずつです。

 

 

民主党の議員はおそらく全員が賛成するでしょうから,問題は共和党の議員が何人賛成に回るかです。

有罪評決のためには100人の3分の2以上,つまり67人以上の賛成が必要ですから,そのためには共和党の議員のうち17名以上が賛成に回る必要があります。

 

 

 

 

大法廷と小法廷

令和2年12月に,夫婦別姓を認めない現在の法律は憲法に違反しているとして起こされた裁判について最高裁判所の小法廷が大法廷へ回付することを決めた,というニュースがありました。

 

 

現行法では,法律上の夫婦になると夫と妻は同じ姓を名乗らないといけません。これは民法750条に規定されています。

 

 

今回の裁判を起こしたのは,別姓のまま婚姻届を出そうとして受理されなかった事実婚の夫婦です。

 

 

訴えた理由としては,民法750条などが憲法14条などに違反する,というものです。

 

 

憲法14条というのは,法の下の平等を定めた規定です。本件は男女の平等に違反するという主張です。

 

 

しかし,第一審の家庭裁判所は訴えを退けました。

 

 

家庭裁判所は訴えを退けた理由として平成27年の最高裁判決を引用しています。

平成27年の最高裁判決では,夫婦同姓を定めた民法の規定を合憲と判断しており,その理由として,「家族の姓を一つに定めることは社会に定着しており合理性がある」,「夫婦がいずれの姓を名乗るかは夫婦が選択することなので,法律自体に不平等は存在しない。」などを挙げています。

 

 

また,第二審の高等裁判所でも同様に訴えは退けられました。

 

 

この裁判が,現在,最高裁の小法廷で審理されています。

最高裁判所には15人の裁判官がおり,15人の裁判官全員で構成する「大法廷」と5人の裁判官で構成する3つの「小法廷」があります。

今回,「小法廷」がこの裁判を大法廷に回付する(回す)ことにしたのです。

 

 

回付については最高裁判所事務処理規則9条に規定されていて,裁判官の意見が分かれているときや大きな問題なので大法廷で審理すべきだというようなときには大法廷に回付できることとされています。

 

 

 

もっとも,大法廷に回付されても「大法廷で審理することになる」というだけで,憲法違反という結論になるかどうかはか分かりません。

 

 

 

ひき逃げで逮捕

 

最近,有名人がひき逃げで逮捕されるというニュースが続きました。

 

 

 

 

 

先月(10月29日)には,若手の人気俳優がひき逃げ容疑で逮捕され,今月(11月6日)は,女子サッカー選手が同じくひき逃げの容疑で逮捕されました。

 

 

 

 

 

今回は「ひき逃げと逮捕の関係」についてお話ししたいと思います。

 

 

 

 

 

交通事故はもちろん起こしてはいけないことですが,ひき逃げは特に重大な犯罪になります。

 

法律上は,道路交通法72条の「救護義務違反」になり,人身事故を起こして「救護義務違反」が重なった場合には,10年以下の懲役又は100万円以下の罰金という刑事罰があります(道路交通法117条2項)。

 

 

 

 

 

一般にひき逃げの場合,逮捕されることが多いと言われていますが,そもそも,逮捕はどういう場合にされるのでしょうか。

 

 

 

 

 

罪を犯した人はみんな逮捕されると考えている方も結構おられるようですが,実は少し違います。

 

 

 

 

 

法律上は,ある程度犯罪の嫌疑があって(ある程度証拠があって),裁判官が逮捕令状を出せば逮捕できるのですが,裁判官が逮捕状を出すかどうかを判断する際には,「被疑者が逃亡するおそれ」や「罪障を隠滅するおそれ」を検討することになっています(刑事訴訟規則143条の3)。

 

 

 

 

 

ですから,逃亡のおそれや証拠隠滅のおそれがほぼ存在しないような場合には逮捕されることはないのです。

 

 

 

 

 

そして,逃亡のおそれや証拠隠滅のおそれを判断するときの判断材料としては,「被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情」を考慮することになっています。

 

 

 

 

 

そうしますと,やはり,事故を起こして逃げるような人は,「そのまま逃げ続けるかも知れないし,証拠を隠滅したりするかも知れない」と思われて逮捕されることになるのです。

 

 

 

 

 

逆に,事故を起こしても,すぐに警察や消防に連絡して,被害者を安全な位置に移動させるなど誠実な対応をしていれば,「この人は逃げたりするような人じゃないな」と思われるのです。

 

 

 

 

 

そして,加害者がきちんと対応する場合は,すぐに警察が現場に駆けつけて,現場の実況見分を行って,加害者から聴き取りを行いますし,警察署へ場所を移して取り調べを行って調書を作成したりすることになります。証拠の自動車も写真撮影をしたり場合によっては警察で保管したりします。

 

 

 

 

 

このようにして必要な捜査や取り調べが終われば,証拠隠滅のおそれもほとんどなくなるので,その意味でも逮捕する必要がなくなるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊勢谷友介氏の保釈

俳優の伊勢谷友介氏が大麻取締法違反で逮捕,起訴された後に保釈されたというニュースがありました。

 

 

伊勢谷氏は容疑を認めているそうですが,大麻の入手ルートについては話していないとのことです。

 

 

このことについて,入手ルートを言わないまま保釈してもいいのか,という声が上がっているようです。

 

 

そもそも,保釈というのは無罪放免のことではなくて,裁判が始まるまでの間,身体拘束を解くことです。そこをまず抑えておきましょう。

 

 

その上で,大麻の入手ルートを言わないまま保釈をしてもいいのかという点ですが,たしかに,過去に薬物で逮捕,起訴された芸能人は薬物の入手ルートを打ち明けてから保釈されているケースが多いようです。

 

 

そして,入手ルートが判明したことで暴力団の一つの組織を壊滅的状態にまで追い込んだこともあったようです。

 

 

このように,薬物の入手ルートが判明することで薬物犯罪の防止に役立つことは間違いありません。

 

 

では,「入手ルートを話さないのに保釈してよいか」についてですが,逆に言えば,「入手ルートを話さない人は保釈しない」というやり方は正しいのか,という言い方もできます。

 

 

そもそも保釈は,裁判が始まるまでの間,身体拘束を解くことです。また,刑事被告人には「無罪推定の原則」が働きますから,有罪判決が確定する前に必要以上に身体拘束を行うことは許されません。

 

 

どういう場合に保釈するのかについては法律に規定があります。細かく説明すると複雑になるので大雑把に言いますと,証拠を隠滅するおそれや,証人など事件の関係者を脅迫したりするおそれが大きくない場合には保釈を認めなければならないことになっています(刑事訴訟法89条)。

 

 

今回の伊勢谷氏の件について言えば,証拠である大麻は押収されているし,尿検査で大麻の使用について陽性の結果が出ています。

これ以外に隠すような証拠は考えにくいですし,裁判を有利に進めるために事件の関係者を脅したり危害を加えたりする可能性も考えにくいと言えます。

 

 

そうしますと,法律上は保釈を認めないといけない場合に該当します。

ですので,市民感覚としてはいろいろ意見があるところですが,法律的には保釈は妥当ということになります。

 

 

 

 

民事執行法改正ー勤務先情報の開示ー

今回は,民事執行法の改正のうち,「勤務先情報の開示」について書かせていただきます。

 

 

例えば,養育費の金額で話し合いがつかずに裁判所に決めてもらう場合があります。しかし,裁判所で金額が決まったにもかかわらず支払わない人が結構います。

 

 

裁判で決まった金額を相手が支払わない場合は,裁判所に対して強制執行を申し立てることができます。

 

 

強制執行の一つに給与の差押えという方法があります。しかし,相手の勤務先が分からないと給与の差押えはできませんので,これまでは諦める人がたくさんいました。

 

 

今回の民事執行法の改正の一つとして,一定の要件を満たす場合には,「勤務先情報の開示」を受けられるようになりました。

 

 

具体的には,養育費請求権や「人の生命若しくは身体の侵害による損害賠償請求権」(例えば交通事故による損害賠償請求権)について確定判決などを有している場合,「財産開示手続」(詳細は省略します)を経た上で,市役所や日本年金機構等から相手の勤務先の情報を開示してもらうことができます。

 

 

会社員の人は,一般的に会社から給料を受け取るときに住民税を天引きされています。天引きされた住民税は,勤務先の会社が従業員に代わって市町村に納付します。

 

 

また,会社員は厚生年金保険料についても給料から天引きされています。これも住民税と同様に会社が従業員に代わって日本年金機構等に納付します。

 

 

その結果,市町村や日本年金機構等には「誰がどの会社に勤めているか」という情報が集まってきます。

その情報を利用することができるようになったのです。

 

 

今回の改正によって,これまで諦めていた養育費の強制執行などが容易になったといえるでしょう。

 

 

 

 

民事執行法改正ー金融資産の開示ー

前回に引き続き民事執行法の改正についてお話ししたいと思います。

今回は,「金融資産の開示」についてです。

 

 

まず,基本的なことから押さえておきましょう。例えばお金を騙し取られた人が騙した人を相手に民事裁判を起こして勝訴判決を得たとします。

 

 

しかし,勝訴判決を得ても自動的にお金は戻ってきません。

 

 

相手が任意で支払ってくれればいいのですが,相手が自ら支払わない場合は,裁判所に対して強制執行を申し立てる必要があります。

この手続が民事執行です。

 

 

以前より,日本の民事執行法は実効性が弱いと言われてきました。

強制執行とは相手の財産を差し押さえて強制的に自分のものにできるという手続なんですが,以前は相手の財産がどこにあるのか全て自分で調べないといけなかったんです。

 

 

ですから,例えば,騙されてお金を相手名義の口座へ振り込んだような場合には相手名義の振込口座を既に知っているので,その口座を差し押さえることはできたのですが,騙し取った人がお金を別の口座に移し替えてしまうと,元々知っている口座を差し押さえても,数百円しか残っていなかったということがしょっちゅうありました。

 

 

今回の改正ではその点を強化しました。判決が確定すれば,金融機関に対して本店及び全国の支店について相手名義の口座の有無を調べてもらうことができるようになりました。

 

 

従来は裁判に勝ってもお金を取り戻せないことが多かったのですが,今回の改正で裁判に勝てばお金を回収できる可能性が高まりました。

 

 

 

 

子の引渡しの強制執行

本年4月1日より新しい民事執行法が施行されました。

 

 

今回は,その中から「子の引渡しの強制執行」について書きます。

 

 

「子の引渡しの強制執行」がどのような場合に行われるかというと,例えば,離婚した夫婦に未成年の子がいて,最初は母親が親権者だったのだけれども,裁判で親権者が父親に変更されたというケースを想定してみます。

 

 

新しく親権者となった父親が母親に対して「子どもを引き渡せ」という裁判を起こすと,裁判所は母親に対して「父親に子どもを引き渡しなさい」という命令(審判)を出します。

 

 

この命令に従って母親が父親に子どもを引き渡せば強制執行の必要はありません。

 

 

しかし,母親が引き渡さない場合には強制執行が必要となります。

ところで,「強制執行」といっても何通りか種類があります。

 

 

まず,「直接強制」があります。文字どおり,「直接」的に対象物を取り上げることです。

また,「間接強制」というのもあります。これは,引渡しを命じられた人が自主的に引き渡すまで一定の金銭を支払わせる方法です。経済制裁のようなものです。

 

 

従来,子の引渡しについては法律に明確な規程がなく,実務の運用としては,「間接強制」を行ったり,「直接強制」を場合には,子どもが親(先ほどの例でいうと母親)と一緒にいるときにしか執行できないというルールで運用していました。

 

 

しかし,子どもが嫌がったり,親が子を抱きかかえて離さないような場合には執行ができないという問題点がありました。

 

 

今回の改正では,子を監護する親(先ほどの例でいうと母親)がいない場所でも執行できることが法律に明記されました。そのため,例えば,学校に協力を依頼して学校の中で子どもを引き渡してもらうことなどが可能になりました。

 

 

 

とはいえ,やはり,子どもを力尽くで連れ去ることは禁止されています。また,子どもを安心させるために,原則として,引渡しを求めた親(先ほどの例でいうと父親)が同行するという決まりになりました。

 

 

 

新型コロナウイルスに便乗した詐欺に注意

新型コロナウイルス関連でいろいろな詐欺や悪質商法の事案が報告されています。

今回は,そのような詐欺や悪質商法に引っかからないように,いくつかの手口を紹介したいと思います。

 

 

まず,マスク不足に便乗した悪質商法で,注文していないのにマスクを一方的に家に送りつけるという商法があります。

 

 

マスクを受け取った人は,よく分からないまま開封してしまったり,実際にマスクがなくて困っていたために使用してしまうことがあります。

 

 

そして,数日後に,「請求書」が送られてきます。請求書には「マスクを受け取った時点で売買契約が成立していますので,売買代金○○円をお振込み下さい。」等と書かれています。

 

 

法律に詳しくない一般の人にとっては,「売買契約が成立」等と言われると「そういうものかな。」と思ってしまう人もいます。

 

 

しかし,このように一方的に商品を送りつけることで「売買契約が成立」することはありません。

このような悪質商法を「ネガティブオプション」といいます。

 

 

この「ネガティブオプション」に対する対策は簡単です。商品受領後,とりあえず2週間保管しておきます。2週間経過した後は商品を捨てても使用しても構いません(特定商取引法59条)。

 

 

ただし,特定商取引法の適用があるのは一般消費者だけですので,事業者は注意が必要です(念のため弁護士等にご相談下さい。)。

 

 

次に,現在,新型コロナウイルスによる休業などで売り上げが減少している企業への給付金や全国民に対する1人10万円の給付の手続が始まっていますが,これらに便乗して詐欺が行われることが予想されます。

 

 

厚生労働省や市役所の職員を名乗ったりする人がご自宅や携帯電話へ電話を架けてきた場合,まず,詐欺だと思って下さい。

 

 

手口としては,「10万円を支給するために必要だ」などと言って預金口座の暗証番号を聞き出したり,「今から銀行のATMに行って,私の説明に従って手続きをして下さい。」などと言って高額な金銭を振り込ませたりする方法が多いようです(従来の還付金詐欺などと同じ手口です。)。

 

 

給付金等の手続の案内は必ず書面で来ますので,絶対に電話で対応しないようにして下さい。

 

また,書面が来た場合でも,少しでも怪しいと感じた場合には,地方自治体や消費者相談センターや弁護士等に相談して下さい。

 

 

 

同性カップルの不貞慰謝料

3月4日,同性カップルの不貞慰謝料の支払を命じる判決が東京高等裁判所で言い渡されました。

 

 

事案は,女性同士のカップルのうちの1人(被告女性)と第三者(生物学的に男性・被告男性)が不貞行為を行ったとして,カップルのもう1人の女性(原告女性)が被告女性と被告男性に対して慰謝料の支払を求めて提訴したという事案です。

 

元々,不貞行為というのは,「男女間の夫婦」のうちの1人が第三者と肉体関係を結ぶことを意味していました。

 

 

その後,男女の内縁関係も「婚姻に準ずる関係」(最高裁昭和33年4月11日)といわれるようになり,不貞行為の慰謝料が認められるようになりました。

 

 

しかし,これまで,同性カップルの不貞慰謝料を認めた裁判例はなく,本件の第一審判決(宇都宮地裁真岡支部令和元年9月18日)が初めてだと思います。

そして,3月4日に東京高裁で一審判決を支持する判決が出たのです。

 

 

もっとも,同性カップルであれば必ず不貞慰謝料が認められるわけではありません。

 

 

本件判決では,このカップルが「男女の婚姻関係に準ずる関係」にあったといえると認定しています。

 

 

具体的には,このカップルは7年間同棲しており,同性婚が認められているアメリカのニューヨーク州で婚姻手続きを行っており,日本で結婚式も挙げています。

 

 

また,このカップルは「2人で子育てをしたい」と考えて,被告女性が第三者(実は被告男性)から精子の提供を受けて人工授精まで行っています。

 

 

裁判所は,このような「男女の婚姻関係に準ずる関係」が実際に築かれていたことを重視したのです。

 

 

また,同時に,裁判所は,世界的に見て同性婚を認めている国や地域が25を越えていることや,日本国内でも同姓のパートナーシップ制度を採用する自治体が現れてきている点も指摘しています。

 

 

このように,裁判所は世界や日本での価値観の変化も考慮したうえで,同性カップルの不貞行為について慰謝料を認める判断を行ったのです。

 

 

 

 

ひょっこり飛び出し男

2月4日,さいたま地裁で「ひょっこり飛び出し男」に対する判決が言い渡されました。

 

 

「ひょっこり飛び出し男」というのは,道路を自転車で走行中,突然,車の前に飛び出すという行為を繰り返していた男のことで,以前から報道でも取り上げられていました。

 

 

結局,その男は逮捕されて裁判にかけられたのですが,動機として,「人がびっくりするのを見るのが楽しかった」とか「いらだちを解消しようとした」などと述べたそうです。

 

 

判決は,そのような動機に酌量の余地はないとして,懲役2年執行猶予4年の判決を下しました。

 

 

今回は,この「ひょっこり飛び出す行為」がどの法律に違反するのかを考えてみたいと思います。

 

 

実は,報道内容を見る限り,「道路交通法違反などの罪で」としか書かれておらず正確なところは分かりません。

そこで,推測になりますが,検討してみたいと思います。

 

 

まず,報じられている「道路交通法違反」を見てみます。

 

 

道路交通法を探しても,そのものズバリ当てはまるものはありません。

条文に「車の前に飛び出してはいけない」とか「人を驚かせてはいけない」というのは見当たりません。

 

 

一応,おそらくこれだろうというのがあって,道路交通法17条4項に,車両は左側を走らないといけないと書いてあります(皆さんよくご存知のルールです)。

 

 

インターネットに上がっている動画をいくつか見てみると,男が自転車で車道の左側を走行していて,突然,反対車線へ飛び出す場面がありました。

 

 

このような行為であれば,反対車線,つまり道路の右側を走行していることになるので17条4項違反に問えると思います。

おそらく,この条項に違反するということだろうと思います。

 

 

しかし,ここで疑問が生じます。

 

 

判決は「懲役2年執行猶予4年」ですが,道路交通法17条4項違反の罰則は「3月以下の懲役又は5万円以下の罰金」となっています。

ですから,これだけでは懲役2年の判決を下すことはできません。

 

 

それで,あれこれ考えたのですが,一番可能性が高いのは刑法の「暴行罪」ではないかと思います。

 

 

暴行罪というのは,実はたいへん分かりにくい犯罪でして,例えば,人に向かって石を投げると,石が人にあたらなくても暴行罪が成立します。

 

 

古くに有名な判例があります。

狭い室内(4畳半)で日本刀を振り回して暴行罪になった例があります(昭和39年1月28日最高裁判決)。

少し変わったところでは,人のすぐ近くで太鼓や鉦を連打して暴行罪になった例もあります(手話29年8月20日最高裁判決)。

 

 

このように,直接人の体に触れなくても暴行罪が成立する場合があります。

 

 

今回の事案では,理論構成の詳細は不明ですが,おそらく暴行罪を適用したのだと思います。

 

 

 

 

ゴーン氏逃亡

昨年末,凄いニュースが飛び込んできました。

日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏がレバノンに逃亡したというニュースです。

 

 

音響機器の箱に隠れてプライベートジェットで海外へ渡ったとか,いろいろと報道されていますが,正確な情報は分かりませんので,法律的に解説できる範囲で解説したいと思います。

 

 

まず,現在,行われている裁判はどうなるのでしょうか。

ゴーン氏は金融商品取引法違反と会社法違反(特別背任罪)で起訴されて,現在,裁判中です。

 

 

裁判には被告人が出頭しなければならないので,裁判は中断してしまいます。

ゴーン氏が裁判所に出頭しない限り裁判は再開できません。

審理を行えないので裁判所は判決も出せません。

 

 

では,どうすれば裁判を再開できるのかというと,レバノンからゴーン氏を日本に引き渡してもらって,日本の法廷に出頭すれば再開できます。

 

 

しかし,日本とレバノンとの間では犯罪人引き渡し条例が締結されていないので,レバノンは日本に対してゴーン氏を引き渡す義務がありません。

 

 

犯罪人引渡条約というのは,2国間で締結する条約であり,お互いに「犯罪者があなたの国に逃亡したので捕まえてうちの国に引き渡してください」と要求できることを約束する条約です。

 

 

日本は,この条約をアメリカと韓国しか締結していません。

 

 

「なんで2カ国しか条約を締結していないのか」と思われるかもしれません。

これには,いろいろと難しい問題があるようです。

 

 

条約を締結すると,犯罪人を引き渡す義務が生じますので,死刑制度のある国へ引き渡すと死刑になる可能性があります。

 

 

この点,日本には死刑制度があります。しかし,特にヨーロッパでは死刑制度が廃止されているのが主流です。

 

 

ヨーロッパの国々からすると,「日本に犯罪者を引き渡せば死刑になる,自国の人間が死刑になるのは好ましくない。」という価値観があるようです。

 

 

ですので,この問題は死刑制度の是非という重大な問題に関係してきます。

 

 

それでは,少し話を変えて,ゴーン氏が出国審査を経ずに海外へ出国したのであれば,どういう犯罪が成立するのでしょうか。

 

 

この場合,出入国管理法25条に違反しており,不正出国の罪が成立します。

法定刑は1年以下の懲役などです(入管法71条)。

 

 

また,保釈中に逃亡した場合,何らかの犯罪に当たるのでしょうか。

 

 

実は,保釈中の逃亡は犯罪にはあたらないのです。

日本の法律では,刑務所や拘置所などの刑事施設で拘束されている人が逃亡した場合には,逃走罪(刑法97条・1年以下の懲役)にあたりますが,保釈中の人は「刑事施設で拘束」されていないので,逃走罪には該当しません。

 

 

この点,先日のニュース(1月7日)によると,法務省が保釈中の逃走にも逃走罪を適用できるようにするための法改正を行いたいという方針を述べたようです。

 

 

 

しかし,仮に法改正を行って,保釈中の人についても逃走罪が適用できることになったとしても,今回のように海外に逃走して,その国との間で犯罪人引渡条約が締結されていない場合には,日本に引き渡されなければ処罰のしようがないということになります。

 

 

 

勝手に婚姻届!?

ときどき,「勝手に婚姻届を出された」という話を耳にします。こういう場合,届出を出された人はどうすればいいのでしょうか。また,届け出た人はどうなるのでしょうか。

 

 

まず,勝手に婚姻届を出す,ということは,たいてい署名を偽造しているわけですが,役所は偽造かどうかまでわかりませんので,届出は受理されて戸籍に記載されてしまうことがあります。

 

 

しかし,婚姻をするには当事者双方の「婚姻意思」が必要です。

「婚姻意思」というのは,「夫婦共同生活を営もうとする意思」です。

「形だけ夫婦になるため」という理由は「婚姻意思」とはいえません。

 

 

したがって,勝手に婚姻届を出されたのであれば,少なくとも一方当事者の「婚姻意思」がないので,その婚姻届は無効ということになります。

 

 

では,勝手に婚姻届を出された人はどうしたらいいのでしょうか?

 

 

「私,婚姻意思はないので無効です」と役所に言っても戸籍は変わりません。

裁判所で婚姻無効の調停や訴訟をする必要があります。

 

 

一方,勝手に婚姻届を出した人は,有印私文書偽造罪(刑法159条1項・5年以下の懲役),偽造有印私文書行使罪(刑法161条1項・5年以下の懲役),公正証書原本不実記載罪(刑法157条1項・5年以下の懲役)などが成立します。最高刑は懲役5年です。絶対にそんなことはしてはいけません。

 

 

それでは「離婚届」はどうでしょうか。離婚についても「離婚意思」がないのに離婚届をすれば無効ですし,犯罪にもなります。

 

 

これだけいうと,一見,婚姻届と同じように思います。

 

 

しかし,「離婚意思」については少し「婚姻意思」と違う面があります。

 

 

「離婚意思」とは,「法律上の婚姻関係を解消する意思」のことをいいます。

 

 

先ほど,「婚姻意思」は「夫婦共同生活を営もうとする意思」であり,「形だけ夫婦になるための意思」は「婚姻意思」ではないと書きました。

 

 

これに対し,離婚の場合は,「形だけ離婚する意思」でも「離婚意思」が存在することになります。

 

 

たとえば,「形だけ離婚するけど,このまま一緒に住む」という場合,「離婚意思」があることになります。

 

 

どうしてこのような違いがあるのでしょうか。

 

 

仮に,「婚姻意思」と同じように,「離婚意思」を「夫婦共同生活を辞める意思」と定義するとどうなるでしょうか。

 

 

離婚した後の元夫婦の関係には様々であり,離婚しても友人関係でいる場合もあるし,離婚しても週に1回会うという関係もあるかも知れません。毎日,子どもとご飯を食べるために元夫が家に立ち寄ることもあるかも知れません。

 

 

そう考えると,何をもって「夫婦共同生活を辞める」ことになるのかはっきりしないのです。

 

 

先ほど述べたようなケースが全て無効になったり犯罪になったりするのは好ましくありません。

だから,離婚の場合の「離婚意思」とは「法律上の婚姻関係を解消する意思」ということになっているのです。

 

 

 

リツイートが名誉毀損になる!?

先月(2019年9月),元大阪府知事の橋下徹氏がジャーナリストに慰謝料を請求した裁判の判決が大阪地裁でありました。

 

 

報道によると,2017年10月に,このジャーナリストは橋本氏の言動を批判した第三者の投稿を一度だけリツイートしました。そして12月頃にはリツイートを削除したそうです。

 

 

これに対して,橋本氏は「自分がパワハラをする人物だという印象を広く拡散させた」と言って提訴しました。

 

 

判決は,名誉毀損に当たるとして,ジャーナリストに33万円の支払いを命じました。

 

 

まず,名誉毀損とは何かというと,不特定多数の人に対して,人の社会的評価を低下させるような具体的な事実を述べることです。

 

 

ですから,2人きりのところで,面と向かって悪口を言っても「名誉毀損」にはなりません。2人以外には誰も聞いていないので,悪口を言われた人の社会的評価は低下しないからです。

 

 

そして,具体的な事実を述べる必要があります。たとえば,「AさんはBさんと不倫している」とか,「Aさんは,暴力団と繋がっていて違法なチケット転売事業に加担している」とか,ある程度具体的な話をしないと名誉毀損には当たりません。

 

 

これに対して,「Aさんは無能だ」とか「Aさんは全然仕事ができない」などの表現は,具体的な事実を述べていないので名誉毀損には当たりません。

しかし,これはこれで「侮辱」というカテゴリーに入り,場合によっては不法行為が成立しますのでご注意ください。

 

 

さて,それでは,今回の判決の場合はどうでしょうか。

 

 

報道によると,リツイートした内容は具体的な話が書かれてあり橋本氏の社会的評価を低下させる内容であったことは間違いないようです。

 

 

今回の一番の問題は,ジャーナリストが自分で文章を作成したのではなくて,第三者の投稿をリツイートしただけなのに名誉毀損になるのか,という点です。

 

 

この点,法律の世界では昔から,「これは噂なんだけど」とか,「これは人から聞いた話だけど」などという形であっても,名誉毀損が成立すると言われています。

 

 

そうすると,今回,リツイートという形であっても名誉毀損になるのは妥当な判断ではないかと思われます。

 

 

 

特に,このジャーナリストのツイッターのフォロワーは18万人を超えているそうなので,その影響力を考えると「社会的評価の低下」という点は無視できないだろうと思われます。

 

 

佐野SAのストライキ

東北自動車道の佐野サービスエリアで従業員がストライキを起こしたということがニュースで話題になりました。

 

 

今回はストライキについて書きたいと思います。

 

 

法律上,ストライキとは,労働組合が労働条件の改善を目的として団体交渉を行うための手段として行われる同盟罷業のことをいいます。

 

 

労働者一人ひとりは力が弱いために,労働条件について経営者と対等に交渉する力を持っていません。

 

 

そこで,日本国憲法は労働組合を結成する権利を保障して,労働組合が対等に経営者と労働条件について交渉できるように団体交渉の権利も保障しました。

そして,団体交渉の権利を絵に描いた餅にしないためにストライキという実力行使の権利を認めたのです。

 

 

つまり,正当なストライキというためには,①労働組合が行うものであり,②労働条件の改善が目的であり,③団体交渉を行うための手段として実行するもの,という3つの要件を満たす必要があります。

 

 

佐野SAの事案では,報道だけでは,第一の要件である,「労働組合」が存在するか否かが不明です。

 

 

また,第二の要件としての,「労働条件の改善」を目的とするかどうかも微妙です。経営方針や人事に対して労働者側の要求を求めることは原則としてできません。

 

 

ただし,表面的には経営方針や人事に関する内容に関するものであっても,背景に過酷な労働環境があり,最終的には労働環境の改善を目的としているのであれば,この要件を満たします。

 

 

最後に第三の要件ですが,団体交渉を行うための手段としてストライキが実行されたかどうかが問題になります。

 

 

この点も報道では明らかでなく,経営者側と従業員側とでは主張が食い違っています。

 

労働組合が団体交渉を求めたにもかかわらず,経営者側が交渉に応じなかったという場合には,この要件を満たしますが,経営者側が交渉に応じる用意があると表明しているのに,それを無視してストライキを実行したのであれば,正当なストライキとはいえない可能性があります。

 

 

 

家族信託その5ー家族信託の注意点ー

家族信託は,生前贈与,成年後見制度,遺言などとは違って柔軟な財産管理を行うことが可能ですが,注意点がいくつかあります。

 

 

まず,家族信託を組成するだけで直ちに節税の効果があるわけではありません。贈与税がかかることを回避したり,認知症発症後も相続税対策が可能であるという点では間接的に節税効果はあるかも知れません。
節税のために家族信託を組成するのであれば,税理士を含めた緻密な検討が必要になります。

 

 

税務関係についていえば,複数の収益物件のうち1つを信託財産として信託を組成した場合,信託財産と信託財産以外の財産との間で損益通算ができないということも注意が必要です。

 

 

また,二次相続,三次相続までも含めて組成を行う場合,何世代にもわたって拘束されることになります。これは家族信託のメリットの1つですが,ご家族の納得を得ていない場合には,かえってトラブルになる可能性も孕んでいるといえます。

 

 

その他,家族信託に理解のある金融機関が少ないのが現状です。金銭を信託財産とする場合,本来であれば,「委託者A受託者B信託口」などの口座名義で保管することが好ましいのですが,このような口座の開設をしてくれる金融機関は現時点においてはごくわずかです。

 

 

そのため,金銭を信託財産とする場合には弁護士などの専門家と十分に相談する必要があります。

 

 

 

家族信託その4ー遺言との違いー

今回は遺言と家族信託の違いについて説明します。

 

 

遺言では,亡くなった後の財産の配分を指定できますが,生きている間の財産管理については一切指示することができません。

 

 

また,遺言では,あくまで本人の遺産について一次相続についてのみ指定できるだけです。たとえば,「自分が亡くなった場合,自宅は妻に相続させる。その後,妻が亡くなった場合には,自宅は長男に相続させる。」という形で二次相続以降について記載しても効力はありません。

 

 

これに対し,家族信託では,「自分が生きている間はこうして欲しい。自分が死んだらこうして欲しい。」というように,生前の財産管理と死後の財産管理を同時に指示することができます。

 

 

また,遺言ではできない二次相続,三次相続についても財産の移転について指示を行うことが可能です。

 

 

 

家族信託その3ー成年後見との違いー

今回は成年後見と家族信託の違いについて説明します。

 

 

成年後見制度は,本人の生活を守るために本人に代わって成年後見人が本人の財産管理を行う制度です。つまり,財産管理といっても,本人の財産からは本人の生活を維持するための最低限の生活費しか使うことができません。

 

 

そのため,次のような問題点が指摘されています。

本人が相続税対策(節税対策)を希望していても,(非課税範囲内でも)生前贈与はできず,相続税対策としての生命保険契約等もできず,お見舞いに来てくれた家族に対して交通費を支給したり,お孫さんに対してお年玉をあげることも原則としてできません。

また,専門家が成年後見人に選任された場合,成年後見人報酬の支払いが必要です。

 

 

この点,家族信託の方法によれば,本人が健康なうちに信託行為を設定して,信託行為の中で相続税対策を指示しておけば,受託者は相続税対策を実行できますし,お見舞いに来た家族に対する交通費の支給やお孫さんへのお年玉の支給を指示することも可能です。

 

 

このように,家族信託では成年後見制度ではできない柔軟な対策が可能です。

 

 

 

家族信託その2ー生前贈与との違いー

今回は生前贈与と家族信託の違いについて説明します。

 

 

生前贈与は,少しでも遺産を減らしておいて相続税を節約する目的で行う場合や,将来の認知症を心配して,早めに子どもに財産管理を任せるために行う場合などがあります。

 

 

しかし,普通に財産を贈与すると贈与税がかかります,贈与税は相続税よりも税率が高いため,節税の観点からはあまり好ましくありません。「相続時精算課税制度」の利用も考えられますが,利用には限度額があります。

 

 

また,家族で会社を経営している場合,株価が低いときに株式を子どもに贈与したいと考える経営者がいますが,株式を贈与してしまうと会社に対する支配権を失ってしまうという問題点があります。

 

 

逆に,判断能力が鈍ってきたので,早く子どもに会社の実権を委譲したいのだけれども,今,株式を贈与すると株価総額が高いために高額な贈与税が発生してしまうという場合もあります。

 

 

このような場合,家族信託が有効です。

 

 

まず,家族信託は,「委託者」から「受託者」へ信託財産の名義を移転しても,「委託者」=「受益者」であれば贈与税は発生しません。

 

 

ですから,「委託者」と「受益者」を自分として,「受託者」を子どもとして不動産などの財産を信託すれば,贈与税がかからずに不動産の管理運営を子どもに任せることが可能です。

 

 

会社の株式については,株価が低いので株式を子どもに贈与したいが,会社の支配権をまだ渡したくないという場合には,「委託者」兼「受託者」を自分として,「受益者」を子どもとして信託を組成すれば,株式の財産的価値のみが子どもに移転しますが,会社の支配権(議決権)は自分の元に残せます。

 

 

逆に,株式をすぐにでも子どもに渡したいが株価総額が高額であるという場合には,「委託者」兼「受益者」を自分として,「受託者」を子どもとして信託を組成すれば,贈与税が発生しない形で,支配権を子どもに委譲することができます。この場合,議決権行使は子どもが行うことになります。

 

 

 

家族信託その1ー概要ー

「家族信託」をご存知でしょうか?

信託法による信託のうち,営業として行う信託を「商事信託」といい,営業として行わないものを「民事信託」といいます。

 

 

「家族信託」は民事信託のうち,ご家族に財産管理を任せるものを指します。

 

 

「家族信託」を利用すると,生前の財産管理をご家族に依頼したり,死後の財産管理をご家族に依頼したり,死後の遺産の配分を決めたりすることができます。

これまでは,資産管理,資産承継といえば,生前贈与,成年後見制度,遺言などで行ってきました。

 

 

しかし,いずれの制度も難点があり,「かゆいところに手が届かない」制度でした。「家族信託」はこれまで難しかった「かゆい部分」にも手が届く柔軟な解決が可能です。

 

 

「家族信託」においては,「委託者」「受託者」「受益者」という三者間の法律関係になります。

 

 

三者間の法律関係というと一見複雑そうに見えますが,そんなことはありません。「家族信託」の考え方を理解すれば一般の方でも十分に理解することが可能です。

 

 

 

JASRACの潜入調査

JASRAC(日本音楽著作権協会)の「潜入調査」が話題になっています。

ヤマハ音楽教室にJASRACの職員が「主婦」として入会し,2年近くレッスンを受けていたそうです。

 

 

この件については背景があります。

2017年,JASRACは音楽教室から著作権料を取る方針を発表しました。

それに反発したヤマハなどがJASRACには著作権料を徴収する権限はないとして,東京地裁に提訴していました。

 

 

この裁判でいよいよ証人尋問が行われるという段階になって,職員が調査を行っていたことが判明したのです。

そして,実際に,この職員は7月9日の口頭弁論で出廷し証言を行いました。

 

 

職員は証人尋問で,「講師の演奏はとても美しく,コンサートを聴いているようだった」と証言したそうです。

 

 

このニュースには,いくつかの法律的問題があります。

 

 

世間で一番話題になっているのは,「こんなやり方卑怯じゃないか!」という点です。

たしかに,ずるいやり方のように思えます。

 

 

法律上の論点としては,このような方法で調査した結果を裁判で利用していいのかという民事訴訟法上の問題です。

 

 

この論点と関連して,こういう場合,建造物侵入罪が成立するのではないかという論点があります。

 

 

たとえば,古い判例で,犯人が強盗目的を隠して「こんばんは」と言ったら,家の人が「どうぞお入り下さい」と返事をしたので,家の中に入ったという事案で,住居侵入罪が成立したものがあります。

 

 

この判例のケースでは,形の上では家に入れることを承諾しているのですが,強盗目的だと知っていれば承諾するはずがないということで,住居侵入罪の成立を認めたのです。

 

 

そう考えると,今回の件では,JASRACの職員だと知っていれば,ピアノ教室に入会させなかったと思われますから,建造物侵入罪が成立しそうにも思えます。

 

 

しかし,「強盗」の目的と「調査」の目的とでは,意味合いが異なります。

 

 

そして,今回のような調査は「覆面調査」といって,実際によく行われています。

レストランなどの格付けのために調査員が一般客のふりをしてお店に入ることはよくありますが,社会的に容認されています。

 

 

したがって,今回の調査が建造物侵入罪ということにはならないでしょう。

 

 

本題に戻りましょう。

今回の件で「調査結果を裁判の証拠として利用できるのか。」

 

 

過去の裁判例からは,民事訴訟の場合,よほど非人道的な方法で証拠を入手したような場合以外は証拠として利用できる,という考え方が主流です。

 

 

ですから,本件でも調査結果を証拠として利用することはおそらく認められるでしょう。

 

 

本件では,他にも法律的な問題があります。

個人的にはこちらの方が重要だと思っています。

 

 

そもそも,JASRACは何を調査したかったのでしょうか。

 

 

著作権法(22条)では,著作物を「公衆」に「聞かせることを目的として」「演奏」することを禁止しています。

 

 

JASRACはピアノ教室の演奏はこれに該当すると主張しています。

 

 

そのため,今回の証人尋問で「コンサートのようだった」と述べて,「公衆」に「聞かせることを目的として」「演奏」したと主張しているわけです。

 

 

また,公衆に聞かせるための演奏であっても,営利を目的としない場合は違反になりません(著作権法38条1項)。

 

 

もちろん,ピアノ教室は受講生から受講料を徴収していますが,それは「技術」を教えることの対価として徴収しているのであって,通常,「演奏」の対価として徴収しているわけではありません。

 

 

このような点も重要な法律的論点であり,個人的にはこちらのほうが興味深いです。

 

 

 

なぜ親の面倒を看ても相続分は増えないのか

相続の法律相談で多いのが,「親の面倒をずっと看てきたのに,相続分は多くならないのですか?」という質問です。

 

 

いわゆる「寄与分」の話です。

 

 

今回は,寄与分に関する,素朴で,かつ,根本的な問題を深く掘り下げてみたいと思います。

 

 

寄与分とは,簡潔に言うと,相続人が被相続人の財産の増加に貢献した場合に,多めに遺産をもらえるという制度です。

 

 

そして,「親の面倒を看ただけでは財産の増加に繋がらないので寄与分は認めらません」という話は,このブログでも何度か紹介しました。

 

 

今回は,その理由について根本的に考えてみたいと思います。

 

 

そもそも,「親の面倒を看たから遺産を多くもらえる」という期待は正当なものでしょうか?

 

 

ここに答えがあります。

 

 

今の日本で,「私は親の遺産がたくさん欲しいから,一生懸命,親の面倒を看ました!」と堂々と言う人は果たして何人いるでしょうか?

 

 

そう多くはいないのではないでしょうか。

 

 

つまり,現在の日本の文化では,「遺産を多くもらうために親の面倒を看る」という価値観は否定的なのです。

 

 

法律は社会を映す鏡です。社会問題が発生すると法律は改正されます。

 

 

たとえば,飲酒運転による事故が社会問題になったときには,飲酒運転が厳罰化されました。

また,チケットの転売が問題になったことから,最近,チケット不正転売禁止法が成立しました。

 

 

このように,社会の中で「こういうことは問題ではないか!」という声が大きくなると法律が改正されたり新しい法律が制定されたりします。

 

 

話を戻しますと,今の日本社会において,「遺産を多くもらうために親の面倒を看る」という価値観は否定的です。

 

 

ですから,法律が正面から「親の面倒を看た人はたくさん遺産がもらえます」ということを規定するわけにはいかないのです。

 

 

現時点の法律において「寄与分」が認められるためには,被相続人の財産を増加または維持したことに「特別の貢献」をした場合でなければなりません。

 

 

もっとも,これまで「寄与分」の申立は法定相続人しかできなかったのですが,近年行われた相続法改正で,法定相続人以外の人でも「特別の寄与」をした親族は寄与に応じた額の金銭の支払いを請求できることになりました。

 

 

この点は,まさに,「法定相続人しか請求できないのはおかしい!」という社会の声を受けて改正された部分です。

 

 

ただし,請求できる場合は,やはり,被相続人の財産の増加または維持に「特別の寄与」をした場合に限られますのでご注意ください。

 

 

 

改名について

少し前になりますが,高校生がキラキラネームを改名したというニュースがありました。



その高校生は「王子様」という名前だったのですが,家庭裁判所で許可を得て「肇」さんに改名し,話題になりました。



今回は改名についてお話ししたいと思います。名前には「氏」と「名」がありますが,今回は主に「名」についてお話しします。



名の変更については,戸籍法107条の2に規定があり,「正当な事由」がある場合に「家庭裁判所が許可」した場合にできます。



つまり,誰でも自由にできるのではなく,裁判所の許可が必要であり,そのためには正当な事由が必要ですので,裁判所が納得できる理由が必要です。



「正当な事由」とは,社会生活において支障をきたす場合であると言われており,具体的には,僧侶になる場合,(結婚などにより)親戚に同姓同名がいる場合,同姓同名の犯罪者や被疑者がいる場合,長年使用していた通称を本名にする場合,いじめや差別を助長する珍奇な名前の場合(キラキラネームはここに含まれます)などです。



以前,「田中角栄君」という名前の子どもがいました。

この子の親が(当然「田中さん」です),当時,自民党幹事長だった田中角栄にあやかって自分の子に「角栄」と名付けたのです。

 

 

しかし,その後,首相となった田中角栄が「ロッキード事件」で起訴されるなどして,「田中角栄君」は学校でいじめられることになってしまい,改名が認められました。



ところで,改名の話をしてきましたが,裁判所の許可が必要なのは名前の漢字を変える場合だけです。



名前の読み方を変えるのは簡単です。なぜかというと戸籍には名前の読み方は載っていないからです。

つまり,読み方は戸籍法とは関係がないのです。戸籍法は名前の読み方について関知していないと言ってもいいかもしれません。



ただし,住民票には氏名の読み方(ふりがな)が載っていますので,その表記を変更してもらうために,市役所などに「ふりがな修正申告」を出す必要があります。これには裁判所の許可は必要ありません。



 

今回は主に「名」の変更について話しましたが,「氏」の変更は「名」の変更よりもずっと厳しいと言われています。

 

 

 

改正民法・夫婦間の居住用不動産の贈与

民法改正により,配偶者を保護する規定がいくつか新設されました。そのうちの1つに夫婦間の居住用不動産の贈与に関する規定があります。

 

 

まず,現行制度を見てみましょう。以下の架空の例で説明します。

 

 

夫婦と子ども1人の家族がいます。

夫婦で居住している不動産は3000万円の価値があります。

その夫婦は20年以上連れ添っていて,夫が妻に生前贈与として不動産を贈与しました。

その後,夫が死亡し,死亡時の遺産として預金3000万円が残されました。

 

 

現行法では,居住用不動産の贈与は「特別受益」として扱われ,計算上,相続財産に数字の上でいったん戻します(これを「持ち戻し」といいます。)。

 

 

この例では,妻が生前に貰った3000万円分を数字の上で持ち戻して,不動産3000万円+預金3000万円の合計6000万円を相続財産とみなします。

 

 

そして,妻の法定相続分は6000万円の2分の1で3000万円となります。子どもの相続分も6000万円の2分の1で3000万円です。

 

 

しかし,妻は既に3000万円分を受け取っているので,預金をもらえません。

預金3000万円は子どものものということになります。

(もっとも,妻と子どもとの間で協議が整えば預金を分けることは可能です。)

 

 

なぜこのような計算になるかというと,法律は,生前贈与を遺産の「先渡し」と考えているからです。

先に遺産をもらった人は,その分少なくなってもいいだろう,という発想です。

 

 

しかし,実際には,夫は,妻が住むところに困らないようにと思って不動産を生前贈与したのであって,まさか,妻が預金を1円ももらえないなんて思っていなかったのではないでしょうか。

 

 

現行法でも,「この贈与は持ち戻しをしなくていいよ。」という意思表示をすれば,「持ち戻し」を行わなくて済みます(これを「特別受益の持戻し免除の意思表示」(民法903条3項)といいます。)。

 

 

先ほどの例で言えば,妻は不動産をもらったままで「持ち戻し」をせず,預金3000万円を遺産全体と考えて,それを2分の1ずつ分けることになりますので,妻は1500万円を受け取れます。

 

 

しかし,「持ち戻しをしなくていいよ。」という意思表示をする人は実際には少ないため,「持戻し免除の意思表示」が認定されることは稀です。

 

 

そこで,改正法では,一定の条件を満たす場合(婚姻期間が20年以上で夫婦間での居住用不動産の贈与),配偶者への贈与は,「持ち戻し免除の意思表示」が推定されることにしたのです(改正民法903条4項)。

 

 

特別に意思表示をしていなくても,「持戻し免除の意思表示」があったと推定するわけです。

その結果,妻は居住用不動産をもらったことを前提として,それとは別に夫の死亡時に残っている遺産について,法定相続分に従って取得することができることになります。

 

 

ただし,本制度の施行日は2019年(令和元年)7月1日です。施行日前にされた遺贈・贈与について本制度は適用されませんのでご注意ください。

 

 

 

 

改正民法・自筆証書遺言

民法が改正されて,2018年7月13日に公布されました。新民法の施行は原則として2019年7月1日です。

 

 

相続法も大幅に改正されました。

大きな改正点の1つに自筆証書遺言制度の改正があります。

 

 

まず,現行制度では,自筆証書遺言は,文字どおり自筆(手書き)する必要があるのですが,本文だけでなく,日付も署名も財産目録も全て自筆する必要がありました(民法968条1項)。

特に財産の多い方にとっては財産目録を手書きするのはかなり大変なことでした。

 

 

それが,改正後は,財産目録の部分については自筆しなくてもよくなりました。例えばパソコンなどで作成してもOKです(改正民法968条2項)。
ただし,パソコンなどで作成した財産目録には全てのページに自署と押印が必要です。

 

 

そして,改正民法の施行日は,基本的に2019年7月1日なのですが,上記自筆証書の部分の改正は,例外で,既に2019年1月13日に施行されました。

 

 

ですので,これから自筆証書遺言を作成する場合は,上記の新しい法律が適用されます。

 

 

また,改正民法では,自筆証書遺言についての保管制度ができました。

 

 

これまで,自筆証書遺言には特に保管制度はなく,自宅で保管したり知人に預けたりしていました。

 

 

しかし,自宅に保管していると,親族が見つけて読んでしまったり(内容に不満がある人が見つけた場合,隠してしまうことも考えられます。),紛失してしまうことがあります。知人に預けていてもその知人が遺言者より先に亡くなると,遺言書の存在が分からなくなることもあります。

 

 

また,改正法では,法務局において自筆証書遺言を保管する制度が創設されました。この部分は民法ではなく,「法務局における遺言書の保管等に関する法律」(以下,「遺言書保管法」といいます。)という別の法律で定めました。

 

 

遺言書保管法によると,遺言者は,遺言者の住所地若しくは本籍地又は遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所の遺言書保管官に対して,遺言の保管申請を行うことができます。

 

 

なお,遺言書の保管申請は遺言者が自ら出頭して行わなければなりません。

 

 

遺言者の死亡後,相続人や受遺者等(関係相続人等)は,「遺言書情報証明書」の交付を請求できる他,遺言書原本の閲覧も請求できます。

 

 

さらに,遺言書保管法の手続によって保管された自筆証書遺言については,検認手続をする必要がありません(遺言書保管法11条)。

 

 

 

ただし,遺言書保管法の施行日は2020年7月10日ですので,ご注意ください(施行前には自筆証書遺言の保管を申請できません。)。

 

 

 

使途不明金

今回は,遺産の争いで起こる使途不明金問題についてお話しします。

 

 

例えば,親が亡くなってその子らが遺産分割の協議をする場合,一般的には親が亡くなった時点で残っている遺産の分け方について話し合います。

 

 

しかし,そうではなく,「親の生前に親のお金を使い込んだのではないか」ということで紛争が起きることがあります。

 

 

この紛争類型で多いのは,親と同居していた子が使い込みを疑われるケースです。

 

 

親と同居している場合,親が子に通帳やキャッシュカードの管理を任せているケースが結構あります。

 

 

そして,親はたいてい年金をもらっていますから,贅沢をしなければ年金で生活費を賄えることが多いです。

 

 

にもかかわらず,親の預金が大幅に減少しているような場合には,親と同居していた子が親の金を使い込んだのではないか,と疑われることになります。

 

 

最近,この類型の裁判が増えています。

どうして増えているのでしょうか。

 

 

以前の遺産分割のやり方は,親が亡くなった場合,同居していた子が「親の遺産はこれだけです」と言って,親の口座の残高証明書を見せて,例えば,「残っているのは3000万円です。これをみんなで分けましょう。」という形で話を進めていました。

 

 

この場合,他の子が,「ちょっと待って。親の預金は1億円くらいあったはずだ。」と主張しても,1億円の預金が存在したことを証明することは困難でした。

 

 

なぜかというと,以前は,相続人が単独で金融機関に対して,「親の口座の過去の取引履歴を開示してほしい。」と請求しても金融機関は,相続人全員の同意がなければ開示してくれなかったのです(東京高判平成14年12月4日)。

 

 

ですから,以前は,過去の親の口座の取引履歴を入手することが難しく,使い込みを証明することが困難でした。

 

 

ところが,この争点に関して,最高裁は,平成21年1月22日,「相続人が単独で過去の取引履歴の開示を求めることができる。」と判断しました。

 

 

過去の取引履歴が開示されると,親が生前にいくら預金を持っていたか,不自然な出金がないか,等が明らかになりますので,使い込みの証拠を入手しやすくなったのです。

 

 

しかし,この判決が出た当時は,それほど大きな話題にはなりませんでした。

その後,時間が経つにつれて徐々にこの判例が知られるようになり,親の口座の生前の取引履歴を入手するケースが増えてきました。

 

 

その結果,使途不明金があるということで,同居の子が「使い込んだのではないか」と訴えられるケースが増えているのです。

 

 

ただし,大きなお金が出金されているというだけで,直ちに「子が使い込んだ」ということにはなりません。

親自身に必要があって出金した場合もありますし,出金があっても親の意思で子どもに贈与したのであれば,「使い込み」とはいえません。

 

 

 

したがって,不自然に大金が出金されているという事実に加えて,親がそのようなお金を必要としていなかったことや親の意思によらずにお金が子どもの手に渡ったことなどについても証明が必要です。

 

 

 

不正転売禁止法

12月8日,スポーツやコンサートのチケットの不正な転売行為を禁止するための不正転売禁止法が成立しました。

 

 

チケットの転売については,いわゆる「ダフ屋行為」は各都道府県で迷惑防止条例によって規制されています。

しかし,迷惑防止条例は会場周辺の混乱を防止することが目的なので,「公衆が出入りすることができる場所」での転売行為しか規制できません。

 

 

現在のチケット販売においては,チケット販売開始と同時にインターネットで受付を開始するという方法が主流になっていますが,インターネットでの転売行為は迷惑防止条例違反に該当しないため,これまで取り締まりができませんでした。

 

 

不正転売業者は,多数のアカウントを取得し,大量のコンピューターからプログラムを使用して,販売開始と同時に一斉に申込みを行うそうです。

 

 

不正業者は,このようなやり方で人気のあるチケットを大量に購入するので,一般の人にはほとんど手に入らないことになり,どうしてもチケットを手に入れたいファンは,インターネットに出回る高額なチケットを購入するしかないということが問題となっていました。

 

 

この問題は,以前より指摘されていましたが,2020年に開催される東京オリンピックのチケットが販売される前に手を打とうということになりました。

 

 

新しい法律のポイントは3点です。

 

 

まず1つめは,対象になるチケットは座席指定などがあり販売時に本人確認をしているチケットに限られます。

 

 

2番目のポイントは,禁止される行為は,利益を得ることを目的に販売価格より高い価格で転売するやそのような不正転売の目的でチケットを仕入れる行為です。

ですから,儲けるためではなく,参加するためにチケットを購入したけれども,都合が悪くなって,販売価格で知人に転売するなどの行為は違法ではありません。

 

 

 

3番目のポイントは.「チケット」といっても対象となるのは紙のチケットだけに限りません。スマートフォンの画面に表示されるQRコードも対象になります。

 

 

 

マリカー判決

任天堂が,ゲーム「マリオカート」のキャラクターの衣装を着てカートを道路で走らせるのは著作権の侵害だとして,カートレンタル会社を訴えた訴訟の判決がありました。

 

 

裁判で任天堂は,著作権法違反や不正競争防止法違反を主張していましたが,今回の判決では,裁判所は不正競争防止法違反を認めたようです。



不正競争防止法が禁止する不正競争行為とは,典型的には有名なブランドをまねて偽物を販売するような行為です。

そのようなことをされると,偽物を売る企業は儲かりますが,一方で,本物の企業は,売り上げが減少することになるし,粗悪品が出回ればブランドの価値が低下しますので,損害が発生します。



そのため,不正競争防止法は,商品表示として消費者に広く認識されているものと同一または類似の商品表示を使用して,他人の商品と混同させるような行為を禁止しています。



今回の裁判の争点の一つに,「マリカー」が「マリオカート」の略称として周知されているか,という点がありました。



裁判所は,「マリカー」は「マリオカート」の略称として広く知られていることを認め,「マリカー」という名称の使用を禁じました。



コスチュームについても,完全にキャラクターと同一でなくても,任天堂のキャラクターと誤認されるものであるとして,写真や動画の使用,従業員にコスチュームを着用させること,店舗内にマリオ人形を設置すること,営業活動において貸与すること等について禁止を命じました。

 

 

また,裁判所は,カートレンタル会社に対して損害賠償も命じました。

 

 

 

HPVワクチン薬害大阪訴訟第8回口頭弁論が開かれました

 2018年9月11日、秋の気配を感じる涼しい風がそよぐ中、第8回目となる大阪訴訟の口頭弁論期日が開かれました。

 本日も朝から、支援者の学生さんたちや弁護団員が、淀屋橋駅前交差点で期日告知の街頭活動を行い、チラシを配布して期日への参加を呼びかけました。その姿を取材するために、関西大学社会学部の学生さんたちが駆けつけてくれました。

今回も大阪地方裁判所には多くの方が傍聴券を求めて集まり、傍聴席は満席となりました。
本日の法廷では、原告14番さんの意見陳述と弁護団のプレゼンテーションが行われました。

期日後の記者会見(中央:児玉三紀子大阪原告団代表、右奥:法廷プレゼンを担当した安田千央弁護士)
期日後の記者会見(中央:児玉三紀子大阪原告団代表、右奥:法廷プレゼンを担当した安田千央弁護士)

 原告14番さんの意見陳述では、ワクチン接種後、左手に力が入らなくなったが、それを周りに気づかれないように必死でカバーしながら、小さい頃からの夢であった看護師を目指して頑張って来たこと、しかし、症状がどんどん悪化していき、ついには歩くことや立つことが困難になり看護師の夢を諦めたことなどを話されました。
 また、締め付けられるような頭痛、吐き気、羞明などにも苦しめられたことや、記憶障害により母親や友人の顔を忘れてしまうこともあったことなどを話されました。
 最後に、原告14番さんは、「国と製薬会社には謝ってほしい。しっかりと治療を受けられる環境を整えてほしい。」と訴えて陳述を締めくくりました。

 弁護団のプレゼンテーションでは、被告国と被告製薬企業が本件HPVワクチンを積極的に勧奨しておきながら、ワクチンの接種を受けるか否かを判断するために必要な情報を十分に提供してこなかったことについて説明しました。


 本件HPVワクチンの接種を受けるか否かを判断するためには、

 

①予防の対象となる子宮頸がんに関する情報(HPVに感染しても子宮頸がんに至る割合は0.15%に過ぎないことなど)

 

②有効性に関する情報(我が国では子宮頸がん患者から16型、18型のウイルスが検出される割合は約50%であることなど)

 

③危険性に関する情報(本件HPVワクチンは自己免疫疾患を含む神経障害を主徴とする重篤な副反応が生じる可能性があること、国内外で数多くの副反応被害が報告されていたこと、他の定期接種ワクチンと比べて副反応の発生頻度が著しく高いことなど)

 

などの情報が、正確かつ十分に提供される必要がありました。
 しかしながら、被告らが提供した情報はあまりにも不正確かつ不十分な内容であり、多くの人が十分な判断材料を与えられずに本件ワクチンの接種を受ける判断をしてしまったのです。

法廷外集会で行われたプレゼンテーション
法廷外集会で行われたプレゼンテーション

 また、今回も傍聴できなかった方のために、法廷での期日開催と並行して、法廷外企画として、法廷で陳述されている原告及び被告らの準備書面の内容を分かりやすく説明するとともに、法廷で行われている弁護団のプレゼンテーション(パワーポイント)も同じ内容でお伝えしました。

左:応援のメッセージをいただいた高町晃司さん(全国薬害被害者団体連絡協議会・京都スモンの会)
左:応援のメッセージをいただいた高町晃司さん(全国薬害被害者団体連絡協議会・京都スモンの会)

 期日後に行われた報告集会では、期日の報告が行われた後、大阪訴訟を支援する会の立ち上げが行われました。会の名称は「HPVワクチン薬害大阪訴訟を支える会」と決まりました。多くの方から、この訴訟を支えていく決意の言葉をいただきました。

山下正洋さん(支える会代表世話人)
山下正洋さん(支える会代表世話人)
支える会設立に感謝の挨拶をする児玉さん
支える会設立に感謝の挨拶をする児玉さん

 次回大阪訴訟期日は平成30年12月5日午後2時開廷です。傍聴券抽選用紙配布は午後1時ころからの予定ですので、余裕を持ってご来場いただければと思います。

 今後とも引き続きご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

遺言の形式的効力

遺言の効力という場合,形式的効力と実質的効力があります。

 

 

形式的効力は主に自筆証書遺言で問題となります。

自筆証書遺言とは,「自筆」つまり,自分で筆記する遺言です。

(この他に公証人が作成する公正証書遺言などがあります。)

 

 

形式的要件というのは,その要件が揃っていなければ,中身に入る前に遺言書全体が無効になるというものです。

 

 

形式的要件は,①全文自筆,②日付,③署名,④押印の4つです。

 

 

①全文自筆について

文字通り,「全文」自筆でなければなりませんので,日付も日付スタンプなどを使わずに自筆する必要があります。

 

 

②日付について

日付は年月日が特定できることが必要です。

「昭和41年7月吉日」と書いて無効となった裁判例があります。

 

 

しかし,たとえば,「平成30年9月末日」は日付が「平成30年9月30日」と特定できるので有効です。

 

 

「平成30年,私の誕生日」でも日付が特定できるので有効です。

 

 

また,明らかな誤記で,誰が見ても分かるような場合は有効とされています。

たとえば,「昭和」を「正和」と謝って書いた事案では裁判で有効とされました。

 

 

「平成二千年一月十日」との日付も,「西暦2000年」つまり平成12年の間違いであることが分かるということで,裁判で有効とされました。

 

 

③署名について

本人が特定できれば有効です。

通称名,芸名,ペンネームなどでも本人を特定できるなら有効です。

 

 

④押印について

法律上,印鑑の種類について指定がありませんので認め印でも有効です。

また,拇印でも有効というのが最高裁の判例です。

 

 

以上,形成的効力についての4要件についてお話ししました。

これらの4要件を満たしていれば形式的要件を満たしますので遺言書として有効に成立します。

 

 

筆記具の指定もありませんので鉛筆でも有効です。紙の指定もありませんので新聞紙に書いても有効です。

 

 

しかし,やはり,通常は,便せんなどに書いて封筒に入れるべきですし,改竄防止のためにもペンなどで書くべきでしょう。

 

また,後の紛争を防止するためにも,日付も普通に正確に書いて,押印についても実印が望ましいです。

裏口入学

 最近,ニュースで裏口入学が話題になりました。

 

 

文部科学省の前局長が息子を東京医科大学へ入学させたという事件です。

この件で,前局長は受託収賄罪で起訴され,大学の前理事長と前学長が贈賄で起訴されました。

 

 

この事件の特徴は,文部科学省の役人が大学側へ「私立大学研究ブランディング事業」に選定されるための助言を行うという「便宜」を図ることの見返りに,息子を不正に入学させたという容疑だという点です。

 

 

文部科学省の役人は公務員であり,公務員が職務に関連して賄賂をもらうと収賄罪が成立します(刑法197条)。

 

 

ここで注意しなければいけないのは,「裏口入学」そのものが犯罪だというわけではないという点です。

 

 

この事件は,あくまで「贈収賄」という刑事事件の話です。

仮に,この文科省の役人が大学に有利になるように「便宜を図り」,その見返りに「高級車」をもらっても,やはり受託収賄罪です。

「見返り」が「裏口入学」だから犯罪なのではありません。

 

 

つまり,収賄罪がなぜ犯罪なのかというと,公務員が職務に関連して金品などを受け取ると,公平であるべき行政が歪められてしまうからです。

 

 

受け取るものが「裏口入学」であっても「高級車」であっても「現金」であっても,行政が歪められることが問題なのです。

 

 

これに対し,民間人が私立大学に金銭を渡して子どもを「裏口入学」させても,「行政が歪められる」ことはありませんので,それは「賄賂」とは言わず,犯罪になりません。

 

 

ところで,今回のニュースの事件とは逆に,民間人が国公立大学に金銭(金銭でなくても良いのですが)を渡して子どもを「裏口入学」させると,犯罪になります。

 

 

国公立大学の教職員は「みなし公務員」といって,公務員とみなされており,この場合,「公務員」が金銭等の「賄賂」をもらって,「裏口入学」という「便宜」を図ることになり,「国公立大学の行政が歪められる」からです。

 

遺産の範囲の争い

遺産分割について,当事者の間で話し合いがまとまらない場合は「家庭裁判所」に「遺産分割調停」を申し立てることができます。

そして,「調停」は話し合いですから,「調停」がまとまらない場合は,「審判」といって「家庭裁判所」の裁判官が遺産の分け方を決定します。

 

 

では,そもそも,「遺産の範囲」に争いがある場合はどうなるでしょうか。

 

 

例えば「名義預金」というものがあります。

「名義預金」とは,「他人の名義を借りている預金」という意味です。

つまり,名義は他人だけれども,自分の預金ということです。

 

 

子どもの将来のために,子どもに黙って「子どもの名義」で預金することがあります。これが「名義預金」です。名義は子どもですが,法律的には親のお金です。

 

 

他にも,「税金対策」として自分のお金を「子どもの名義」で預金する場合があります。これも「名義預金」です。

 

 

今,説明した「名義預金」などが「遺産の範囲」についての争いになることがあります。

 

 

すなわち,親が亡くなって,「名義預金」らしい預金が1億円あったとします。そして,子どもが2人いて長男と二男とします。

「長男名義」で8000万円の預金があり,「二男名義」で2000万円の預金があったとします。

 

 

この場合,長男と二男が,「全部『名義預金』だから親の遺産だよね。」ということで,「親の遺産1億円」を5000万円ずつ分ければ問題はありません。

 

 

しかし,長男が,「8000万円は元々俺の金で,2000万円は元々弟の金だ。つまり遺産はない。」と言い出すかもしれませんね。

 

 

この場合,遺産は「1億円」なのか「ない」のか,「遺産の範囲」に争いがあるわけです。

 

 

そして,このように「遺産の範囲」に争いがある場合は,まず,「遺産の範囲」を確定するために「地方裁判所」で裁判を起こす必要があります。

 

 

初めに,遺産の分け方が決まらない場合は,「家庭裁判所」で遺産の分け方を決定する,と述べました。

しかし,「遺産の範囲」を確定するためには,「地方裁判所」で裁判をする必要があります。

 

 

なぜ,そうなるかについては,またの機会にお話ししたいと思います。

今回は,遺産の問題は「家庭裁判所」で審理することもあれば「地方裁判所」で審理することもある,ということを覚えておいてください。

 

 

なお,今回,「税金対策として子どもの名義で預金する」という話が出てきますが,「税金対策」として子どもの名義にする場合は注意が必要です。「税金対策」については信頼できる税理士さんにご相談いただくようにお願いいたします。

 

GPS捜査

千葉地裁で,令状有りのGPS捜査の裁判が行われており,話題になっています。

 

 

GPSというのは,人工衛星を利用して位置を測定するシステムです。カーナビを初め,スマホアプリでもよく利用されています。

 

 

GPS捜査というのは,GPSを利用して,捜査対象者が使う車などに端末を取り付けて,その車の位置や移動経路などを測定する捜査です。

 

 

GPS捜査については,昨年3月15日に,最高裁が「令状なしのGPS捜査は違法」という初の判断を下しました。

今,話題になっている千葉地裁の裁判というのは,「令状ありのGPS捜査」が適法かどうかが問題となっています。

 

 

この話をするためには,「令状とは何か,なぜ令状が必要か」についてお話しする必要があります。

 

 

令状というのは,逮捕令状や捜索差押令状などのことです。

 

 

刑事ドラマでは,令状を持たずに人の家に入って,あとで上司に叱られる刑事がいますね。

警察のような国家権力でも令状なしに個人の私的領域(プライバシー)に侵入することは許されません。

 

 

なぜ,令状なしに個人の私的領域に侵入してはいけないのでしょうか。それは,憲法で規定されているからです。

憲法とは,国家権力を縛るためのものでしたね。

憲法は国家権力が個人の私的領域にむやみに侵入することを禁止しているのです(憲法35条)。

 

 

そして,具体的な令状の種類などは刑事訴訟法に規定されています。

 

 

最高裁の話に戻します。

最高裁で問題になったのは,GPS捜査は強制捜査か任意捜査かという点です。

任意捜査というのは,一例を挙げれば,尾行とか張り込みです。

 

 

実は,任意捜査には令状が要りません。

 

 

さきほど,憲法の話で,「国家権力がむやみに個人の私的領域に侵入してはいけない」という話をしましたが,尾行は,外を歩いたり外で車を運転したりする行動を付ける行為ですね。

 

 

外を歩いたり,車に乗って外出する場合,他人に顔を見られたり,車のナンバーを見られたりします。

それを承知の上で,人は外出しています。

 

 

ですから,外での行動は基本的に「私的領域ではない」と考えられていて,任意捜査であり令状は要らないということになっています。

 

 

では,GPS捜査は強制捜査なのか任意捜査なのか。

車での行動を追跡するものなので任意捜査ではないか,とも思われます。

実際,警察側は「尾行や張り込みと一緒で,任意捜査である。」という主張をしていました。

 

 

これに対して,最高裁は,GPS捜査は「公道だけでなく,個人の行動を継続的,網羅的に把握することができる」,「合理的に推認される個人の意思に反して私的領域に侵入する捜査手法である」と述べて,強制捜査であると判断しました。

 

 

したがって,強制捜査ですから令状が必要ということになります。

 

 

さらに,最高裁は,もう一歩踏み込んで,現在の刑事訴訟法で定められている種類の令状でGPS捜査を行うことには疑問がある,とまで述べています。

 

 

今ある種類の令状ではGPS捜査を行うことは困難であり,新たな立法が必要だとの考えを述べたのです。

 

 

今回の千葉地裁の裁判は,その最高裁判決後の後で,「令状がある」GPS捜査がどう判断されるか,という点で注目されているのです。

 

 

判決は,今年の8月30日の予定です。

 

遺産分割の方法

遺産の分割の方法としては,4種類あります。

「現物分割」「代償分割」「換価分割」「共有分割」の4つです。それぞれ,メリットとデメリットがあります。

 

 

「現物分割」とは,遺産の現状をそのままの状態で分割することです。

例えば,遺産の中に複数の不動産がある場合,各相続人が1つずつ不動産を取得する,というようなものです。

 

 

この「現物分割」はシンプルなのが長所です。

相続人が3人いて土地が3つあるとします。

「俺はこの土地が欲しい。」「じゃあ,俺はこれが欲しい。」「僕はこれでいいよ。」と合意ができれば,すぐに解決します。

 

 

しかし,不動産が1つしかない場合などは難しいです。

不動産が1つである場合に現物分割しようとすれば,その土地を分筆することになります。

ただし,土地を分筆する場合,測量をする必要がありますし,費用もかかります。

 

 

次に,「代償分割」とは,ある遺産を取得する代わりに,他の相続人に金銭を支払って解決するという方法です。その際に支払う金銭のことを「代償金」といいます。

 

 

たとえば,主な遺産が実家の土地と建物だけという場合,一人の相続人がその土地と建物を相続して,他の相続人に対して金銭(代償金)を支払うという形になります。

 

 

この「代償分割」のメリットは,相続人間で合意ができた場合には,比較的簡単に処理が可能です。

なぜなら,不動産の名義を移転することと,お金を払うことだけで済むからです。

 

 

しかし,デメリットとして,2点挙げることができます。

 

 

1つは,代償金の額について争いが起こりやすいということです。

つまり,不動産の評価を幾らとするかについて合意できない場合があります。

 

 

デメリットの二つ目は,代償金を用意できない場合がある,ということです。

 

不動産の価格が大きい場合などには,代償金を準備できなくて「代償分割」が実現しないことがあります。

 

 

分割方法の3つめですが,「換価分割」というのがあります。

「換価分割」とは,遺産を売却して換価した売却代金を,相続人の間で分配する方法です。

 

 

「現物分割」が困難で,かつ,どの相続人も遺産の取得を希望せず,したがって,「代償分割」もできないような場合には,遺産を売却さえできれば解決するという点がメリットです。

 

 

また,この方法だと,実際に売れた価格が適正な市場価格ということになりますので,金額に関する争いも起きにくいといえます。

 

 

しかし,問題点としては,購入希望者が現れないと売却できない点,また,購入希望者が現れた場合でも,売却額について相続人の間で合意できないと売却が実現しない点などがあります。

 

 

最後に,「共有分割」というのは,遺産をそのまま共有とする,という方法です。たとえば,遺産の不動産の名義を「長男2分の1,二男2分の1」などと共有として登記するという形です。

 

 

これまでに述べた,「現物分割」「代償分割」「換価分割」のいずれも実現しない場合のやむを得ない手段です。

 

 

「共有分割」も遺産分割の一種ではあるのですが,最終的解決とはいえません。

いずれ,共有状態を解消するか売却することが必要になるでしょう。

したがって,あくまで暫定的な解決にすぎません。

 

 

このように「遺産分割」といっても複数の方法があり,それぞれメリット,デメリットがあります。

 

 

実際の遺産分割では,遺産の種類や内容,相続人の希望など,複雑な要素が絡み合いますので,何がベストかは,それぞれの事案によって異なります。

 

 

 

5月29日はHPVワクチン薬害大阪訴訟の第7回口頭弁論です

 

日時:平成30年5月29日(火)14時~16時

場所:大阪地方裁判所本館2階大法廷(202号法廷)

サポーター・傍聴希望者集合

時刻:1245

場所:大阪地裁本館南側玄関前 

  • 傍聴案内ダウンロードはこちら
  • 傍聴希望者は12:45までに裁判所本館南側玄関に集合して下さい。
  • 法廷では、弁護団がプレゼンテーションを行い、HPVワクチンが安全だという被告の主張が誤りであること等を明らかにします
  • 傍聴券の抽選に外れた方のために、弁護団が裁判の様子を分かりやすく説明します。
  • 裁判終了後には、弁護団による報告集会を予定しています。

【当日のスケジュールサポーター・傍聴希望者の方

1245分    大阪地裁本館南側玄関前集合

1250分頃  原告団・弁護団入廷

1305  傍聴整理券交付・傍聴券抽選

 ※抽選に外れた方は大阪弁護士会館1203号室へ

   弁護団が裁判の様子を 分かりやすく説明します。

1400  第6回期日開廷(16時頃終了予定)

1400  弁護団による裁判の様子の説明(大阪弁護士会館1203号室)

1600  閉廷(予定)

1630分頃 報告集会(大阪弁護士会館1203号室)

 【地図】

大阪地方裁判所

大阪市北区西天満2-1-10

地下鉄・京阪本線淀屋橋駅下車1番出口から徒歩約10

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大阪訴訟第7回期日案内
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定年後の継続雇用

平成30年3月1日付で,定年後の継続雇用に関する最高裁の決定が出ました。

女性の従業員が60歳で定年を迎えるにあたって,定年後の継続雇用契約に関して,会社からそれまでの賃金の約75%カットの案を提示されたという事案です。

 

 

一審の福岡地裁小倉支部判決は,「前に比べて仕事が減るので不合理ではない」との会社の主張を支持しました。

 

 

これに対し,二審の福岡高裁判決は,「高年齢者雇用安定法の趣旨に反する」といって,会社に対して慰謝料100万円の支払いを命じる逆転判決となりました。

 

 

「高年齢者雇用安定法」とはどのような法律なのでしょうか。

同法は第8条で定年制について規定しています。その規程によると,「企業が定年制を採用するのであれば定年は60歳以上にしなさい」と決められています。

 

 

そもそも,なぜ定年という制度があるのでしょうか。

 

 

労働関係法令により,いわゆる「正社員」の地位は厚く保護されており,一度採用すると簡単には解雇できないようになっています。

 

 

つまり,定年制がないと,従業員が自分から「辞めます」と言わない限り,いつまで経っても会社は従業員を辞めさせられないということになってしまいます。

 

 

企業としては,80歳や90歳まで働かれては困るのが本音です。

しかも,年を取ったからといって簡単に給料を減額することもできません(労働契約法9条等参照)。

 

 

だから企業は定年制を採用するのです。

現在は,ほとんどの企業が60歳定年制を採用しています。

 

 

ところで,以前は,年金が60歳からもらえたので60歳定年制でもよかったのですが,年金の支給開始が原則65歳からになりました

 

 

そのため,60歳から65歳までの人の生活保障を図るため,高年齢者雇用安定法が改正され,企業は,①定年制を廃止する,②定年を65歳以上にする,③希望者全員を継続雇用する制度を導入する,のうちのいずれかを採用することが義務づけられました。

 

 

このうち,ほとんどの企業が③の「継続雇用制度」を導入しています。

「継続雇用制度」では,仕事が減少するなら給料を下げてもよいとされています。しかし,法律上,どの程度の減少まで許されるかについては規定がありません。

 

 

そのため,同制度で給料を減らされたということで,多くの裁判が起きています。

今回の裁判もそのうちの1つです。

 

 

今回の裁判では賃金を約75%もカットするということで,「60歳から65歳までの人の生活保障を図る」という「高年齢者雇用安定法」の趣旨に反すると判断されたわけです。

 

 

今回,最高裁の判断が出ましたが,最高裁も「何%のカットまでならオーケー」とは言っていませんので,今後も同様の裁判が続くと思われます。

 

もっとも,今回の判決の確定で,定年後の賃金を大幅にカットしている企業は見直しを迫られるでしょう。

海外の被害者との国際シンポジウムに参加しました

 

 2018年3月24日、東京大学浅野キャンパス内において、薬害オンブズパースン会議(Medwatcher Japan)の主催による国際シンポジウム「世界のHPVワクチン被害は今」が開催されました。 

会場は満席となり、多くのメディア関係者も来場するなど、海外の被害の実情に関する社会の関心の高さが強く感じられました。

 当日は、薬害オンブズパースン会議事務局長でもある水口真寿美HPVワクチン薬害訴訟全国弁護団共同代表が、日本における被害と訴訟の状況について報告を行いました。

 続いて、海外から来日した4人のシンポジストが、各国での被害の重大さや診療態勢の欠如に加えて、国や製薬企業から不当に圧力をかけられている状況を報告しました。

 コロンビアの被害者団体(Rebuilding Hope Association HPV Vaccine Victims)の代表を務めるモニカ・レオン・デル・リオ(Monica Leon Del Rio)さん。

 スペインの被害者団体AAVP(Association of Affected People due to the HPV vaccines in Spain)の代表を務めるアリシア・カピーラ(Alicia Capilla)さん。

 イギリスの被害者団体AHVID(UK Association of HPV Vaccine Injured Daughters)の科学部門を担当するマンディープ・バディアル(Mandeep Badial)さん。

 アイルランドの被害者団体REGRET(Reactions and Effects of Gardasil Resulting in Extreme Trauma)の広報を担当するアンナ・キャノンさん。

 来日した4人のみなさんは、いずれも被害者の母親として、それぞれの国において、被害者運動の中心的な役割を果たしてきた方々です。また、弁護士でもあるコロンビアのモニカさんは、コロンビア国内でHPVワクチン薬害についてのクラスアクションを提起しています。

 いずれの報告者からも、このワクチンを接種した後に生じる副反応は、時間の経過を追って様々な症状が重層化していくという特徴を持っており、それぞれの国内で患者を多く診察する専門医らが、自己免疫性の疾患として病態を捉えながらその解明を進めようとしていること、そして、HPVワクチンを推進する立場の人々から「反ワクチン団体」であるかのようなレッテル貼りをされ、不当な非難や中傷にさらされていることが、共通して説明されました。

 各国からの報告を通じて、HPVワクチン被害は日本だけで起きている問題ではないこと、そして各国の被害者が、日本と同様に、医療から放置されているだけではなく、激しい攻撃に耐えながら戦い続けていることを、あらためて良く理解することができました。

 後半のパネルディスカッションでは、HPVワクチン薬害全国原告団の代表を務める酒井七海さんが、被害者本人として、このワクチンを接種してから現在までの間、さまざまな症状に苦しめられてきたことを報告しました。

 この日のパネルディスカッションを通じて、同じ症状に苦しむ被害者が国境を越えて交流し、ともに支え合ってこの問題に取り組んで行く必要があることを、このシンポジウムに参加した5カ国の関係者の共通認識とすることができました。

 満開を迎えつつある桜並木に見守られて開催された今回のシンポジウムによって、HPVワクチンの被害者は、国際的な連帯を拡大していくための新たな一歩を踏み出すことができました。

 弁護団としても、こうした連帯をさらに深めるための努力を継続していきたいと思います。

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遺産の評価

相続について,遺言書がない場合で相続人が複数いる場合,遺産分けについて相続人の間で協議をすることになります。

 

 

例えば,子ども2人が相続人の場合,2人で話し合って,分け方について話し合いをします。話し合いの結果,合意ができれば何の問題もありません。合意に基づいて遺産を分けることになります。

 

 

話し合いがまとまらない場合は問題です。

 

 

「遺産の分け方は法律で決まっているのだから何も難しくないのではないか。」とおっしゃる方がときどきおられます。

 

 

確かに,民法という法律で遺産の分け方の「割合」は決まっています。

 

 

たとえば,親が亡くなり,法定相続人が子ども2人だけの場合,相続割合は2分の1ずつです。

このように,「割合」は決まっているのですが,「割合」だけ決まっていても紛争は生じます。

 

 

一例として,親が残した遺産が,実家の土地と建物といくらかの預金だとします。

そして,相続人は長男と次男の2人のみだとします。

 

 

このような場合,実家を売却するという選択肢もありますが,長男が実家に住みたいという場合もあります。特に長男が親と同居していたような場合は,そのまま実家に住み続けたいということが多いでしょう。

 

 

そうすると,長男は「実家が欲しい。」,二男は「別に実家は要らないけどお金で欲しい。」ということになります。

 

 

この場合に実家の価値(評価)が問題となります。

 

 

なぜなら,仮に,親が残した預金が1000万円あるとして,実家の価値が1000万円であれば,長男が実家をもらって,二男が預金をもらえば公平な結果となります。

 

 

しかし,実家の価値が1500万円であれば,長男が500万円分多くもらうことになってしまいます。そうなると,二男は親の預金1000万円をもらうだけでは不満で,長男に対して「プラス250万円払って欲しい。」と思うでしょう。

 

 

つまり,実家の価値(評価)が重要になってくるのです。

 

 

このような場合,2人で話し合いがつけば問題はありません。

例えば,2人の間で,「実家の相場は1200万円くらいなので,遺産の総額は2200万円として,二男は預金1000万円を取得し,長男から二男へ100万円渡す。」というような合意が成立すれば,それで解決です。

 

 

しかし,合意ができない場合もあります。なぜかというと,長男としては実家の価値が低い方が得になるし,二男としては実家の価値が高い方が得になるからです。

 

 

このような問題があるため,法律で相続の「割合」が決まっていても遺産の評価でもめることがあるのです。

 

 

このように遺産の評価でもめた場合は,遺産分割調停や遺産分割審判などの裁判所の手続を利用することになります。

 

 

裁判所では,まずは,当事者間で評価額について合意できないかを試みます。

合意ができれば合意に基づいて話を進めます。

 

 

合意ができない場合は,「鑑定」といって,不動産鑑定士に鑑定をしてもらって,不動産の評価額を決定します。鑑定には費用も必要になりますが(30万~50万円程度),「どうしても公平な判断をして欲しい」ということであれば仕方がありません。

鑑定の結果が出れば,その結果に基づいて話を進めていくことになります。

 

 

今回は「実家」という不動産の評価を例に挙げましたが,不動産以外でも株式(特に非上場株式)とか骨董品とか様々なものについて「評価」が問題になり紛争になる場合があります。

 

 

 

まとめサイト

平成29年11月16日,大阪地裁で,インターネットの「まとめサイト」の管理者に対して200万円の損害賠償を命じる判決が出されました。

 

 

今回の判決では,「名誉毀損や人種差別に当たる記事を多数掲載して執拗である」,「限度を超えた侮辱である」などと述べられています。

 

 

裁判では,サイトの管理者は,「情報を集約しただけ」と主張していました。

実際,サイトの管理者は「2ちゃんねる」などに書き込まれた記事を読みやすく編集していたとのことです。

 

 

報道を見ていますと,相当ひどい中傷や侮辱表現が記載されていたようですし,実際に元の記事を掲載した人に対しても損害賠償責任が認められています。

 

 

今回の裁判のポイントは、どれだけひどい内容の記事であっても,「他の人が書き込んだ記事を編集しただけです。」ということで責任を免れることができるのか,という点でしょう。

 

 

判決は,他のサイトの引用であっても,文字を拡大したりして元の記事より分かりやすく効果的に表現していることに着目して,元の記事とは別に人格権を侵害したと述べています。

 

 

報道だけでは明らかではありませんが,個人的な感想としては,「2ちゃんねる」の記事が閲覧される数に比べて,「まとめサイト」の閲覧数のほうが飛躍的に多いことも考慮したのではないかと思います。

 

 

別の話に例えると,たとえば,ある人が「これはあくまで噂なんだけれど」と前置きをして,誰かの悪口を話したとします。

 

 

それが,ごく内輪での話であれば許されるでしょう。

 

 

しかし,多くの人に言いふらしたとしたらどうでしょう。

元々,「誰か」が言ったことだとしても,仲のいい友人だけに話すのと多くの人に言いふらすのとでは影響が違いますよね。

 

 

このように,名誉毀損や侮辱表現というのは,どの程度の影響を与えるかというのが重要なのです。

 

 

この点は表現の自由という重要な問題に関係してきます。

ほんの少しでも他人の悪口をいえば損害賠償を請求されたり犯罪になったりすれば,表現の自由はなくなってしまい,民主主義の危機に陥ります。

 

 

かといって,どれだけひどいことを言っても自由だということにはなりません。

 

 

その意味で,今回の判決は非常に重要な判決です。

表現の自由と個人の名誉の保護のどちらを優先するかという問題には簡単に答えが出ません。

 

 

今後も同様の裁判や法律の変更などについて,国民一人ひとりがしっかりと見ていく必要があると思います。

 

 

 

アディーレ業務停止

今年の10月,東京弁護士会が弁護士法人「アディーレ法律事務所」を業務停止2か月の懲戒処分としたことがニュースになりました。

 

 

アディーレ法律事務所は,着手金返還キャンペーンを「1か月の期間限定」と謳いながら5年近く続けていました。

よくある「今だけ無料」という感じの広告ですね。これを長期間続けたわけです。

 

 

この件に関して,昨年2月に消費者庁が「景品表示法」に違反するとして,「広告を禁止しなさい」という「措置命令」を出していました。

 

 

景品表示法については,以前お伝えしましたが,そのときは「優良誤認表示」でした。

今回は,景品表示法5条2号の「有利誤認表示」です。

 

 

「有利誤認表示」とは,実際の取引よりも著しく有利であると誤認される表示です。

 

 

どうして「今だけ無料」などの表示を続けると違法なのでしょうか。

 

 

例えば,衣料品の販売などでバーゲンセールというのがありますね。バーゲンにはどうして行きたくなるのでしょう?

「お得感」があるからですよね。

 

 

バーゲンで「1万円」の札に赤線を引いて「セール期間中につき50%OFF」と書いてあれば,とても「お得感」がありますよね。

なぜなら,「1万円相当の商品を5000円で手に入れることができる」と思うからですよね。

 

 

もし,同じ商品がバーゲンになる前から5000円で売っていたとしたらどうでしょう?

そうであれば,そもそも,その商品は初めから「5000円」の商品だということです(5000円でも利益が出るということ)。

消費者は「元々5000円」の商品を喜んで得した気分になって5000円払って買うことになるわけです。

 

 

なんだか消費者を欺いているような気がしませんか?

このような行為は場合によっては刑法の詐欺罪に問われる可能性もある行為です。

 

 

景品表示法はこのような行為を「有利誤認表示」として禁止することによって,消費者を保護しているのです。

 

 

今回の法律事務所の行為は,「1か月間限定」として着手金返還キャンペーンを行い,キャンペーンを5年間近く延長していたとのことです。

 

 

ところで,「弁護士に依頼する」というと,どういうイメージがあるでしょうか?

弁護士費用って,なんとなく高額なイメージがあるのではないでしょうか。

弁護士が「期間限定で着手金が実質無料」というと,「本来高額な着手金が今なら特別に無料」という「お得な」印象を与えることになります。

 

 

しかし,5年間も実質無料でできたということは,そもそも着手金が実質無料でもきちんと利益が出るようになっていたと思われます。

そう考えると,先ほどのバーゲンの例と同じように,特別な「お得感」を出して消費者を誤解させたといえるのではないでしょうか。

 

 

 

大阪訴訟第5回期日が開かれました

 

 

   

2017年11月7日、澄み渡る空の下、第5回目となる大阪訴訟の口頭弁論期日を迎えました。

当日は朝から、期日告知の街頭活動を行い、多くの方にチラシを受け取っていただきました。

当日朝の街頭活動の様子
当日朝の街頭活動の様子

本日の期日では、原告の児玉望美さんの意見陳述と弁護団からのプレゼンテーションを行いました。

満席となった傍聴席からの暖かい視線に守られながら、裁判官の前に立った児玉望美さんは、学校で勧められて疑問を抱くことなくHPVワクチンを接種したこと、接種後2ヶ月間腕の腫れが引かなかったことなどに加えて、その後、次々と襲いかかる頭痛、じんましん、腹痛、関節痛などに悩まされたこと、意識を失うこともしばしばあったこと、そのために接種前には経験のなかった7度にわたる入院を経験してきたことなど、HPVワクチンの副反応の苦しみを自分の言葉で語りました。

期日後の記者会見に臨む児玉望美さん(右から2人目)
期日後の記者会見に臨む児玉望美さん(右から2人目)

そして、児玉さんは、学校では「ずる休み」と言われてとてもつらかったことなど、HPVの副反応にさいなまれる毎日が不安の連続であって、将来のことも考えられないという心境で生活をせざるを得ないことを、静かに、丁寧に、裁判官に対して説明しました。

児玉さんは、最後に、次のように力強く訴えました。

「被害者は架空の存在ではなく、現実にいまを生きている、必死に副作用と闘っているのだということを、ぜひとも分かってほしいのです。私はHPVワクチンをうってから私の体に起こっていることを知ってほしいと思い、また、包み隠さず伝えるべきだと考えました。ですから私は実名を明かして、この訴訟に参加しています。」

「私たち被害者の思いは一つです。現実に生きている私たちの声を、被害を、正面から受け止めて下さい。」

望美さんの真剣な言葉の1つ1つに対して、裁判官もしっかりと耳を傾けていました。

弁護団からの説明では、日本で製造販売承認された時点において、既にHPVワクチンの危険性が知られていたことを説明しました。

具体的には、まず、古くからワクチンというもの自体が基本的に自己免疫に異常を生じさせる危険があることが知られていました。

また、本件ワクチンには新規のアジュバント(免疫増強剤)が使用されているだけでなく、「L1タンパクVLP」という成分が含まれています。この「L1タンパクVLP」は、人が保有しているタンパク質と類似性があるために、「分子相同性」という作用によって、体内の抗体が正常な細胞まで攻撃してしまう危険性があります。
このことは既にHPVワクチンの承認時には判明していました。

このようなHPVワクチンの危険性が判明していたにもかかわらず、製薬会社は危険性を過小評価して、国に対して製造販売承認の申請を行い、国は承認を与えたのです。

記者会見で期日の報告を行う弁護団
記者会見で期日の報告を行う弁護団

さらに、製造販売承認の後、多数のHPVワクチンによる副反応が多数報告され、本件ワクチンの危険性は明白に認識できる状況となったにもかかわらず、国は「緊急促進事業」という「国策」により、積極的なHPVワクチンの接種勧奨を行ったのです。

その結果、多数の方がHPVワクチンを接種され、被害は拡大しました。

製薬企業も当然、HPVワクチンの危険性についての情報を十分把握していたにもかかわらず、上記のような多数の副反応報告を無視し続けました。
原告団および弁護団は、これからも製薬会社であるGSK・MSD、さらには被告国の責任を厳しく追及します。

次回大阪訴訟期日は平成30年2月20日午後2時開廷です。
今後とも引き続きご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

ネタバレサイトの摘発

先月,ワンピースなどのマンガの内容を無断配信していた,いわゆる「ネタバレサイト」の運営者らが逮捕されたとの報道がありました。

 

 

全国で初めてだとのことです。

 

 

報道によると,発売日より早く販売される「早売り店」から雑誌を入手してインターネットにアップしていたそうです。

 

 

逮捕容疑は,著作権法違反です。

 

 

著作権というのは,音楽や小説などの作品の作者が自分の著作物を独占的に利用できる権利です。

 

 

今回の件は,無断でインターネットに作品を上げたのですから,著作権法違反は明らかでしょう。

 

 

著作権法違反は犯罪であり,今回の件では,著作権の侵害と出版権の侵害に該当するので,10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金が科せられます。

 

 

報道によると,容疑者はアフィリエイト広告で3億円近くの収入を得ていたとされます。

 

 

では,作家や出版社はこのお金を取り返すことができるのでしょうか。

 

 

著作権法違反の場合,刑事罰もありますし,民事上の損害賠償義務も発生します。

問題は,損害額が幾らかということです。

 

 

法律の世界の基本として,「損害を被った」と言って訴える人が幾らの損害を被ったかを証明する必要があります。

 

 

著作権法違反の場合,損害額を証明することは容易ではありません。

たとえば,何人の人がネタバレサイトを見たのか,サイトを見た人は本を買わなかったのか,サイトを見た人はサイトも見たけど本も買っているかもしれない,など,「サイトによる損害額」を証明することは極めて困難です。

 

 

このように著作権法違反の場合,損害額を証明することが極めて困難なので,著作権法は損害額を証明しやすいような工夫をしています。

 

 

まず,DVDの海賊版などを作成して販売した場合,販売した数に著作権者の一つ当たりの利益をかけた金額を損害額と推定するという規定があります(著作権法114条1項)。

 

 

たとえば,DVDの海賊版を無断で作成して1万本販売したとします。

そのDVDの1本当たりの正規の利益が1000円だとすると,1万本×1000円=1000万円となり,1000万円が損害額だと推定されるのです。

海賊版がなければ正規のDVDが1万本売れるはずだったのに売れなかったと考えるわけです。

 

 

また,著作権を侵害した人が儲けた利益を損害額と推定することもできます(同条2項)。

こちらは,悪いことをして儲けた分をはき出させようという考え方であると思われます。

 

 

もう一つありますが,省略します(同条3項)。

 

 

それでは,今回の件で,著作権法によって損害額を推定できるでしょうか。

 

 

今回の件はかなり微妙だと思います。

なぜなら,アフィリエイトによる広告収入だからです。

先ほどの海賊版の話は分かりやすいですが,今回の件は,マンガを丸々掲載して海賊版を販売して収入を得たわけではありません。

 

 

著作権法は,このようなケースを予定していないのではないかという疑問があります。

法律が当初予定していたことと違うことが起きた場合に,どこまでその法律を適用することができるかという非常に難しい問題です。

 

 

 

 

「富山県出身者は採用しない」発言

今年の7月,富山市に本社を置く総合機械メーカーの会長が「富山生まれの人は閉鎖的な考え方が強いから採らない」と発言したことが物議を醸しました。

 

 

この発言に対しては,「出身地による差別だ」「富山県民を侮辱している」などの批判が相次ぎました。

 

 

このような発言をすること,あるいは,実際に採用に当たって富山県民を採用しないという基準を作ったりすることは法律的にどう評価されるのでしょうか。

 

 

実は,法律的には,企業は,どのような人を雇うかについて原則として自由に選択することができます。

 

 

最高裁は,有名な「三菱樹脂事件」(昭和48年12月12日判決)において,企業が誰を採用するかについては,「法律その他による特別の制限がない限り,原則として自由に決定することができる」と述べています。

 

 

もっとも,この最高裁が述べるように,「法律による特別の制限」があれば,例外的に企業の採用の自由も制限を受けることになります。

 

 

たとえば,性別を理由とする採用差別は「男女雇用機会均等法」で禁止されています(男女雇用機会均等法5条)。

 

 

また,採用時に年齢制限をつけることは,「雇用対策法」によって原則として禁止されています(雇用対策法10条)。

 

 

しかし,出身地や本籍地などを採用基準にすることはどの法律でも禁止されていません。

 

 

この点,厚生労働省は,民間企業が従業員を採用する場合の指針として,「公正な採用選考の基本」という指針を出しており,この指針の中では,出生地や本籍地を採用の基準にするようなことはやめるようにと書かれています。

 

 

しかし,あくまで「指針」であり「助言」のようなものに過ぎず,法的拘束力はありません。

 

 

どうしてこのような結論になるかというと,「法の下の平等」などの憲法規範は直接的には,国家と国民との関係を規律するものだからです。

民間対民間の関係には,直接,憲法の規定は適用されないのです。

この話は難しくなるので,またの機会に書いてみたいと思います。

 

 

 

 

パズドラに措置命令

先日,「パズドラ」の不当な宣伝に対して,消費者庁がゲーム会社「ガンホー」に対して再発防止を求める措置命令を出しました。

 

 

「パズドラ」はゲームを楽しむこと自体は無料なのですが,課金制度で強いキャラクターを入手できるという仕組みになっています。

 

 

報道によると,ガンホーが配信したインターネット番組で,ゲーム製作者が「新しいキャラクター13体が全部『究極進化』する,」と宣伝したのに,実際に「究極進化」したのは2体だけだったとのことで,課金した消費者から苦情が多数あったとのことです。

 

 

消費者庁は,調査の結果,景品表示法の「優良誤認」にあたるとして,再発防止を命じました。

 

 

景品表示法は,不当な表示によって消費者に誤解を与えることを禁止して,不当な広告などから消費者を保護することを目的としています。

 

 

そのなかで,今回は「優良誤認表示」にあたるとされました(5条第1号)。

 

 

「優良誤認表示」とは,宣伝などで,実際のものより著しく優良であると示す表示のことをいいます。

 

 

今回は,実際は2体のキャラクターしか「究極進化」しないのに,13体全てが「究極進化」するかのように宣伝したというのですから,「優良誤認表示」に該当するとされたのは当然といえるでしょう。

 

 

 

 

タトゥー裁判

医師免許を持たずにタトゥーを入れたということで,医師法違反の罪に問われた彫り師の刑事裁判が現在,進行中です。

 

 

今年4月に第1回公判が開かれて,彫り師の人は無罪を主張しました。

 

 

争点は,タトゥー(入れ墨)が「医業」に該当するか否かです。

医師法第17条には,「医師でなければ,医業をなしてはならない。」と規定されています。

 

 

検察側は,感染症の危険性などを理由に,「医師が行わなければ保健衛生上の危害が生じる」と主張しています。

 

 

弁護側は,「医業とは健康を確保することであり,タトゥーを彫ることは医業ではない」,「医師免許がなければ彫り師になれないというのでは,憲法が保障している職業選択の自由の侵害に当たる」等と主張しています。

 

 

さて,法律にはどう書いてあるのでしょうか。

 

 

実は,医師法には,「医業」とは何かについて明確に規定していません。

そのため,「医業とは何か」がこれまでにも何回か問題になりました。

 

 

たとえば,かつて,「看護師が注射をしてもよいか」とか,「ホームヘルパーが痰の吸引をしてもよいか」などが議論されました。

これらも注射や痰の吸引が「医業」かどうかという問題です。

 

 

このような問題が生じた場合,たいてい,「通達」というものが出されて,一応の決着を見ます。

 

 

タトゥーに関して参考になる通達は,「アートメイク」に関して,平成13年に厚生労働省が出した通達です。

 

 

この通達によると,「アートメイクは医師以外が行ってはいけない。」という見解が示されています。

そして,厚労省は,「この通知はタトゥーも含む」との見解を取っています。

つまり「タトゥーも医師以外は行ってはいけない。」というのが,一応,国の見解ということになります。

 

 

こういうと,「国の見解」が「ダメ」だというのなら「ダメ」なのではないか?という素朴な疑問が生じるかも知れません。

 

 

ここで,「通達」とは何か,「国の見解」とは何か,について少し勉強しましょう。

 

 

ちょっと難しい話ですが,「通達」は,行政機関が出すもので,行政機関内部における指針です。

したがって,国民の権利・義務を直接に規定するものではありません。

 

 

三権分立というのを学校で学びましたね。

 

 

「法律」を作るのは国民の選挙によって選ばれた国会議員が集まった国会です。

法律は民主的に選ばれた国会議員が作るので,国民の権利を直接制限します。

つまり,国民は法律に拘束されます。

 

 

しかし,「通達」は,行政機関が出すものなので,国民はそれに拘束されません。

このように,実は,本来,国民が拘束を受けないはずの「通達」によって,「国の見解」というものができているのです。

 

 

ですから,今回の件も,一応,検察は平成13年の通達を根拠に起訴しているのですが,「タトゥーは医師以外が行ってはいけない。」という「通達」に基づく「国の見解」は,直接,国民を拘束する効力を持っていないのです。

 

 

したがって,この裁判の結果がどうなるかは何ともいえません。

 

 

裁判所は,「通達」に縛られることなく,裁判所自身の考えで判断します。

裁判の結果がどうなるかは非常に興味深いです。

 

 

 

 

大阪訴訟第3回口頭弁論が開かれました

 

2017年5月23日、汗ばむような陽気の中、大阪地方裁判所において、大阪訴訟第3回口頭弁論期日が開催されました。今回も多くの支援者が来てくださり、傍聴希望者多数のため、傍聴券は抽選となりました。

大阪弁護士会館内の事前打ち合わせの様子
大阪弁護士会館内の事前打ち合わせの様子

法廷では、原告19番ご本人の意見陳述が行われました。
原告19番さんは、言葉では到底表現することのできないほどの激しい痛みがあるのに原因が変わらずただ痛みに耐えていたこと、やっと原因がわかると思い受診した厚生労働省指定の協力医療機関で、医師から詐病のように扱われ傷ついたこと、治療を受けるために三重まで行かなければならないこと等、辛い状況にあることを述べました。

そのような状況においても、彼女は、母親を思いやり、母親に心配をかけまいと、母親の前では泣かないようにしているそうです。また、将来は医療系の仕事をして患者さんの辛さを理解し、痛みを少しでもやわらげてあげたいと言っていました。彼女の優しさ、強さに心を打たれました。

大阪地方裁判所
大阪地方裁判所

続いて、パワーポイントを用いて準備書面の説明が行われました。

今回、2つの準備書面が提出されています。

1つは、HPVワクチン接種との因果関係に関するものです。少女たちの病態が、いくつもの多様な症状(多様性)が、時間の経過とともに次々と現れ、重なっている(重層性)という共通点があり、これを全体的に捉えると極めて特異的な新しい疾患であると言えること、少女たちの病態を裏付ける知見が次々と報告されていること、したがって、HPVワクチン接種と少女たちの病態との間に訴訟上の因果関係が認められることが説明されました。

もう1つは、ワクチンの製造販売承認の判断基準や接種の積極的勧奨が許されるための要件についてです。原告らはワクチンの承認の判断基準において、ワクチンには治療薬よりも高い有効性・安全性が求められることを主張しています。また、公権力による積極的勧奨が許されるには、公衆衛生・集団予防の必要性があり、集団予防の効果が検証されていること、製造販売承認時よりも高い有効性・安全性が必要であることを主張しています。そして、これらの主張が原告ら独自の見解ではなく、公式的な文書や論文に根拠があることを示しました。さらに、本件ワクチンの承認審査において異例の取扱がなされており、このような異例の取扱をしたことについて、国に対して、きちんとした説明を行うよう求めました。

法廷での期日と並行して、傍聴に外れてしまった方のために、法廷外企画が行われました。この企画では、法廷で陳述されている原告及び被告らの準備書面の内容を分かりやすく、時には皮肉も交えて説明しています。傍聴に外れてしまった方にも、有意義だったと言っていただけるよう工夫して企画しております。
その後、法廷外企画の会場には、法廷に出席していた原告や傍聴していた支援者も合流し、第3回期日の報告集会が行われました。
報告集会後には、原告のみなさんと支援者のみなさんが気軽に話せるよう、茶話会も開かれました。

報告集会の様子
報告集会の様子

第4回の期日は、2017年8月8日午後2時から行われます。
今回に引き続き、さらに多くの方に参加いただければと思います。

メルカリで現金出品

最近,メルカリで現金を出品していることが話題になりました。

 

 

以前から古いコインなど希少性のある物は取引に出されていたのですが,最近話題になったのは現行紙幣です。

たとえば「1万円札4枚を4万7000円」などで出品していたのです。

 

 

普通に考えれば,そんなものを買うと損をするような気がしますが,実は買う人がいます。

 

 

その理由は,いわゆる多重債務者が,クレジットカードのキャッシング枠を使い切ってしまい,それでも返済のために現金が必要なので,枠が空いているショッピング枠を利用して現金を入手していると考えられます。

 

 

この点,法律上問題はないのでしょうか。

 

 

この取引の実体を見ると,まず,4万円を出品した人はクレジット会社から4万7000円を受け取ることになります。

 

 

次に,購入した人は,約1か月後に4万7000円が口座から引き落とされます。

 

 

購入した人から見ると,4万円を一時的に手に入れて約1か月後に4万7000円を支払う訳ですから,4万円を借りて7000円の利息を付けて返しているようなものです。

 

 

このような実体を「金銭の貸し付け」とみなすことができれば,出品者の行為は「貸金業」にあたる可能性があります。

 

 

貸金業にあたるのであれば,貸金業登録が必要で(貸金業法3条),無登録営業は犯罪になります。

 

 

また,貸金業に該当する場合,金利は最大で年率20%までしか許されません(出資法5条2項)。

先ほどの例でいえば,年率に換算すると200%を超えますので,確実に違法です。刑事罰もあります。

 

 

このような問題の指摘を受けて,メルカリは現金の出品を禁止して,出品を発見した場合には削除しているようです。

 

 

しかし,メルカリについて調べていると,現金出品以外にも問題があるようです。

 

 

メルカリの制度では,売買が成立した場合に,買主から支払われた代金をいったんメルカリが確保してから売主に渡すというシステムです。

 

 

このシステムが出資法で禁止されている「預り金」にあたるのではないかという指摘もされているようです。

「預り金」は銀行法などの特別の規定で許されている場合を除き違法です。

 

 

このように,新しい商売の仕組みを考えるベンチャー企業には,常に法律的にグレーな問題がついて回ります。

 

 

 

フランク三浦勝訴

先月,フランク三浦とフランク・ミュラーとの裁判で最高裁がフランク三浦勝訴の判決を出しました。

 

 

日本の会社がスイスの高級時計「フランク・ミュラー」のパロディー商品「フランク三浦」を販売している件について,「フランク・ミュラー」側が「フランク三浦」の商標登録は,「フランク・ミュラー」に類似しているので無効だと特許庁に訴えました。

 

 

すると,特許庁は「『フランク三浦』の商標登録は無効」だと判断しました。

 

 

この特許庁の判断に対して,フランク三浦側が裁判所に「無効はおかしい」と訴えました。

 

 

この裁判は知的財産の裁判なので,一審が高等裁判所です。これを「知財高裁」と言います。

 

 

知財高裁は,「呼称(呼び方)は似ているが,外観で明確に区別できる。」,「『フランク三浦』は4000円〜6000円程度であり,100万円を超える『フランク・ミュラー』と間違うはずがない」などと述べて,商標登録は有効だと判断しました。

 

 

商標登録は商標法の問題です。

商標法の考え方は,取引をしようとする人が,「その商品のメーカーを間違うおそれがあるか否か」という基準で判断されます。

 

 

知財高裁は,「フランク三浦」の時計には漢字で「三浦」と書いてあることや取引価格が違いすぎることなどから「購入しようとする人が間違えるはずがない」と判断したのです。

 

 

裁判で,フランク・ミュラー側は,「ブランドイメージにただ乗りし,イメージを毀損する」と主張していました。

 

 

たしかに,ブランドイメージは低下するかもしれません。

 

 

しかし,最高裁は,「知財高裁の判断が正しい」として,フランク・ミュラー側の上告を退けました。

 

 

感想としては,「商標権」の問題としては,今回の判決は妥当だと思います。

 

 

商標権の判断基準は,「メーカーを間違う可能性があるか否か」ですので,漢字で「三浦」と書いてあり,価格も100倍以上も違うとなれば,誰も同じメーカーとは思わないでしょう。

 

 

フランク・ミュラーが主張していた,「ブランドイメージにただ乗りし,イメージを毀損する」という点は,商標法ではなく,不正競争防止法の問題でしょう。

 

 

不正競争防止法というのは,まさに「ブランドイメージにただ乗り」して儲けることを禁止する法律です。

 

 

過去に「スナック・シャネル事件」というのがありました。

「スナック・シャネル」という名前でスナックを経営していた人が本家のシャネルから訴えられました。

 

 

スナックのほうは,高級ブランドの「シャネル」と場末のスナックが同じ経営者だと誰も思うはずがない,と主張しましたが,スナックが負けました(最高裁平成10年9月10日判決)。

 

 

なぜ,スナックが負けたかというと,不正競争防止法は商標法と違って,「経営者が同じだと勘違いするかどうか」は関係なく,ブランドイメージにただ乗りして儲けることを禁止しているからです。

 

 

「スナック・シャネル」という名前が本家の「シャネル」のイメージを利用していることは,誰の目にも明らかでしょう。

 

 

この「スナック・シャネル事件」を参考にすると,「フランク三浦」も,もしかしたら,不正競争防止法では負けるかもしれません。

 

 

もっとも,不正競争防止法では,ブランドが「著名」であることが必要です。

「全国的に誰でも知っている」程度でないと「著名」とはいえません。

 

 

現時点では,フランク・ミュラーは不正競争防止法では訴えていないようですけれど,仮に訴えた場合,裁判所がどのような判断を下すか興味深いところです。

 

 

 

 

バイト欠勤で罰金

最近,立て続けにコンビニで「欠勤による罰金」が話題になりました。

 

 

一つは東京で,今年1月にニュースになりました。

もう一つは名古屋で,今年2月にニュースになりました。

 

 

東京の事案は,女子高校生のアルバイト店員が風邪で2日間(計10時間)欠勤したということで,1か月で25時間勤務したのに,「ペナルティ」として10時間分の給料を差し引いていました。

 

 

名古屋の事案は,「急に欠勤したら1回1万円の罰金を徴収する」という内容の書類に署名させて,実際,1人のアルバイトに3回の遅刻を理由に計3万円を払わせた,という容疑で加盟店のオーナーらが書類送検されました。

 

 

いずれも,コンビニの加盟店が欠勤や遅刻を理由に従業員に対してペナルティを課したものですが,このようなことは法律的に許されるのでしょうか。

 

 

労働基準法の問題です。

 

 

遅刻や早退を繰り返すとか無断欠勤など,勤務態度に問題がある場合には,懲戒処分としての「減給」を定めることが許される場合があります。

 

 

ただし,懲戒処分としての「減給」は,就業規則で定める必要があります。

「こういう場合にはこういう懲戒を与えますよ」ということをきちんと就業規則で規定しておかなければなりません。

 

 

そして,懲戒処分として減給する場合,その額は,最大でも,1回の減給の額は平均賃金の1日分の半額を超えてはならず,かつ,減給総額は1回に支払われる給料の10分の1を超えてはならないと決められています(労働基準法第91条)。

 

 

したがって,東京の事案では,まず,就業規則で定めていないにもかかわらず(報道では明らかではありませんが,おそらく)減給した点で違法です。

 

 

そして,本来もらえるはずの給料が2万3000円程度(25時間分)であるところ,1万円近く(10時間分)「減給」されているので,減給の額についても違法です。

 

 

さて,名古屋の事案では,勝手に減給したのではなく,「急に欠勤したら1回1万円の罰金を徴収する」という内容の書類に署名させていたとのことです。

これならいいのでしょうか。

 

 

この点については,労働基準法は「賠償予定の禁止」を定めています(16条)。つまり,会社(使用者)は「こういうことをしたら違約金幾らですよ」という取り決めを従業員と交わしてはいけないということです。

 

 

この規定は,もともとは,戦前に,「仕事を辞めたら違約金を払う」という取り決めをしておいて,過酷な労働を無理強いさせられていたことがあったことから,労働者を守るために作られた規定です。

 

 

名古屋の事案では,この「賠償予定の禁止」に違反したために書類送検されました。

 

 

 

大阪訴訟第2回期日が開かれました。

2017年 2月 14日

本日、大阪地方裁判所において、大阪訴訟第2回口頭弁論期日が開催されました。
第1回期日に負けないくらいたくさんの支援者が来てくださりました。今回も傍聴希望者多数のため、傍聴券は抽選となりました。

 

今回の期日では原告本人の意見陳述と準備書面の説明が行われました。

原告の意見陳述は、前回同様に心を打つものであり、本件ワクチンにより人生そのものを奪われたことを、しっかりと具体的に自分の言葉で話されました。

準備書面の説明は前回に引き続きパワーポイントで行われました。
パワーポイントによる説明では、子宮頚がんを防ぐためには、ワクチンよりも検診こそが真の予防手段であって、検診をしていれば早期治療が可能で子宮頚がんにはならないこと、ワクチンを接種しても結局検診は欠かせないことについて説明しました。

(左)記者会見で発言する原告18番さん
(左)記者会見で発言する原告18番さん

閉廷後は、進行協議と記者会見が行われました。

また、前回に引き続き、原告・弁護士・支援者らによる報告集会が開催され、傍聴できなかった支援者の皆さんに、期日内容の報告や意見交換などが行われました。

報告集会で発言する水口真寿美弁護士(全国弁護団共同代表)
報告集会で発言する水口真寿美弁護士(全国弁護団共同代表)

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社会人サッカーでの骨折

昨年の12月,サッカーの試合中に骨折した男性が接触した相手に対して治療費や慰謝料を請求した訴訟の判決が東京地裁で言い渡されました。

 

 

事案は,男性が右太ももでボールをトラップしてから左脚でボールを蹴ろうとしたところに,相手選手が左足を上げてシューズの裏で男性の左脚のすね辺りを蹴りつけてしまい,男性が左脚のすねを骨折したというものです。

 

 

判決は怪我をさせた選手に治療費や慰謝料約250万円の支払を命じました。

この判決については,「サッカーで怪我は当然起きることだから判決は厳しすぎる。」という声も多いようです。

 

 

さて,スポーツでの怪我について法律はどのように位置づけているのでしょうか。

実はスポーツの怪我といっても特別の法律はありません。

民法という一般的な法律の「不法行為」が成立するか否かで判断することになります(民法709条)。

 

 

不法行為というのは,交通事故もそうですし,誤って,他人の物を壊してしまったとか,誤って他人に損害を与えた場合に広く使われる法律構成です。

 

 

どういう場合に不法行為が成立するかというと,「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」場合です。

 

 

まず,行為が違法であること(「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害」)が必要です。

 

 

たとえば,ボクシングなどでは,顔が切れたり,鼻が折れたり,脳振盪を起こしたりします。

しかし,ボクシングは,「殴り合う競技」であり,選手は当然殴られることを承知の上でやっています。

ですから,ボクシングで相手を殴ることに違法性はありません。

 

 

他のスポーツも同様で,「通常その競技で予定されている行為」は違法ではありません。

サッカーで足を引っかけてしまうことは幾らでもあることであり,反則をとられたとしても違法ではありません。

足を引っかけられただけで裁判していたら誰もサッカーをしなくなるでしょう。

問題はその競技で「通常予定されている行為」かどうかです。

 

 

仮に,野球の試合で打者がバットでピッチャー殴ればどうでしょうか。

野球の競技として通常予定されている行為ではありませんね。

これは違法な行為です。

 

 

では,今回のケースはどうでしょうか。

サッカーなので足と足が当たるのは当たり前,といえるかも知れません。

 

 

しかし,今回の事案では,男性はすねを骨折したのですが,同時にすねを守るための「すねあて」(レガース)も割れていました。これらの事実から相当衝撃が強かったことが推測されます。

 

 

また,サッカーでは,シューズの裏を相手に向ける行為は危険な行為として禁止されています(サッカーのルールでは,接触しなくてもシューズの裏を相手に向けるだけでファウルになります)。

 

 

判決を読むことはできていませんが,裁判所は,上記のようなことを考慮して,今回の行為については,極めて危険な行為であり「サッカー競技として通常予定されていない行為」と判断して違法性を認定したのではないでしょうか。

 

 

 

 

HPVワクチン薬害大阪訴訟第2回口頭弁論期日のご案内

 

■日時:平成29年2月14日(火)14時~15時

■場所:大阪地方裁判所本館2階大法廷(202号法廷)

■サポーター・傍聴希望者集合

○時刻:13時15分

○場所:大阪地裁本館南側玄関前

  • 傍聴案内ダウンロードはこちら
  • 傍聴希望者は13:30までに裁判所本館南側玄関に集合して下さい。
  • 傍聴券の抽選に外れた方のために、弁護団が裁判の様子を分かりやすく説明します。
  • 裁判終了後には、弁護団による報告集会を予定しています。

【当日のスケジュール】※サポーター・傍聴希望者の方

13時15分   大阪地裁本館南側玄関前集合

13時20分ころ 原告団・弁護団入廷行動

13時30分   傍聴整理券交付・傍聴券抽選

抽選に外れた方はAP大阪淀屋橋4階Bルームへ
弁護団が 弁護団が 裁判 の様子を 分かりやすく説明します。

14時00分   第2回期日開廷(15時終了予定)

14時30分 弁護団による裁判の様子の説明(AP大阪淀屋橋4階Bルーム)

15時00分   閉廷(予定)

15時30分ころ 報告集会(AP大阪淀屋橋4階Bルーム

16時30分ころ 報告集会終了(予定)

 

【地図】

大阪地方裁判所

大阪市北区西天満2-1-10 地下鉄・京阪本線淀屋橋駅下車1番出口から徒歩約10分

AP大阪淀屋橋

大阪市中央区北浜3-2-25 京阪淀屋橋ビル4F
淀屋橋駅地下連絡通路17番出口から直結

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170214 大阪訴訟第2回期日傍聴案内
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IR整備推進法成立

昨年12月,カジノ法ともいわれる「統合型リゾート施設整備推進法」が成立しました。

もっとも,この法律で決まったことは「統合型リゾート施設の整備を進めることにする」ということだけであり,政府が1年以内を目処に具体策を定めた法律案を作ることになっています。

 

 

この法律については賛否両論(世論調査では反対の方が多いようです)ですが,法律的観点から検討したいと思います。

 

 

まず,法律は国会で作るものであり,今回,国会で法律が成立したのですから,憲法に違反しない限り「法律問題」ではないともいえます。

 

 

ただし,刑法という重要な法律では「賭博」が禁止されており,刑罰も定められていますから,「この法律は刑法との関係でどう考えたらよいのだろうか」という疑問が湧いてきます。

 

 

まず,そもそも,なぜ賭博は法律で禁止されているのでしょうか。

 

 

最高裁は,このように述べています。

「国民をして怠惰浪費の弊風を生じさせ,健康で文化的な社会の基礎をなす勤労の美風(憲法27条1項参照)を損なうばかりでなく,甚だしきは暴行,脅迫,強窃盗その他の副次的犯罪を誘発し又は国民経済の機能に重大な障害を与える虞すらある」(最高裁昭和25年11月22日判決)

 

 

つまり,「国民が賭博に夢中になって働かなくなったら困る」「イカサマ賭博などで喧嘩がおきたり,お金欲しさに強盗に走ったりしたら困る」ということのようです。

 

 

では,公営ギャンブルはなぜ許されるのでしょうか。

 

 

この点については,昭和40年4月6日の東京高裁判決では,「公共機関の厳重,公正な規制のもとにおける射幸心の発露は害悪を比較的些少にとどめ得る」と述べられています。

 

 

つまり,公的な機関が運営することで,不正が防止できるし,ギャンブル依存症になったりする人は少ないだろうから大丈夫だ,と言っているんです。

 

 

しかし,実際はどうでしょうか。ギャンブル依存症は社会問題になっています。

 

 

果たして,カジノはギャンブル依存症を増やしてしまわないのか,公的な機関が運営するのか(公的機関ではノウハウがないのでできないのではないかとの指摘もあります。)など,今後策定される具体的な法律の中身が重要になります。

 

 

 

 

HPVワクチン薬害訴訟 「全国疫学調査」に対する弁護団コメント(詳細版)

2016年12月26日発表の『青少年における「疼痛又は運動障害を中心とする多様な症状』の受療状況に関する全国疫学調査』(全国疫学調査)結果報告に対する、HPVワクチン薬害訴訟全国弁護団のコメント(詳細版)は、次のとおりです。

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161230-2 全国疫学調査の結果報告について.pdf
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HPVワクチン薬害訴訟

昨年12月14日、HPVワクチンの接種で被害を受けた女性たちが、国とグラクソ・スミスクライン社、MSD社を被告として、東京・名古屋・大阪・福岡の各地方裁判所に提訴しました。同年7月27日の全国一斉提訴に続き、今回が第2次の提訴となりました。

今回の第2次全国一斉提訴で、東京25名・名古屋5名・大阪7名・九州20名の合計57名が新たに原告に加わり、全国の原告数は総勢で119名となりました。

大阪では、二次提訴原告ご本人やご家族を中心に入廷行動を行い、弁護団が記者会見を開きました。大阪訴訟では2次提訴で7名の原告が加わり、1次提訴と合わせて原告23名となりました。どうか今後ともご支援下さい。

ジミー・ペイジ氏演奏せず

先日,東京で行われた「クラシックロックアワード」というイベントで,世界三大ギタリストの1人といわれるジミー・ペイジ氏が演奏しなかったことが話題になりました。

 

 

イベント告知のポスターには,ジミー・ペイジ氏の名前が大きく書かれており,ホームページなどでは「世界3大ギタリストの2人,ジェフ・ベックとジミー・ペイジは,日本初共演を果たすことになり・・」などと書かれていたそうです。

 

 

しかし,実際のイベントでは,ジミー・ペイジ氏は賞のプレゼンターとして登場したものの,氏の演奏はなかったとのことです。

 

 

そのため,「詐欺だ」,「チケット代を返せ」などの声が上がりました。

 

 

これに対して,当初,主催者側は,「本番直前にジミー・ペイジ氏の意向により演奏が行われなかった」,「ジミー・ペイジ氏の単独ライブではなくイベント自体は成立している」として,チケット代の返金には応じられないと述べました。

 

 

この点,法律的にはかなり難しい問題です。消費者契約法により契約を取り消せないかが問題となります。

 

 

消費者契約法4条1項1号によれば,事業者が「重要事項についての事実と異なることを告げ」て,消費者がそのことを信じて契約をした場合には,その契約を取り消せることになっています。これを「重要事項についての不実告知」といいます。

 

 

今回の事案では,イベントのオフィシャルページに「参加アーティスト」として,ジミー・ペイジ氏の名前が挙がっていますし,ポスターにも大きく名前が載っていて,「ロック・レジェンドたちによる夢の響演」などと謳っています。

 

 

これらの事情からすれば,あたかもジミー・ペイジ氏が演奏するかのように宣伝していますので,「重要事項についての不実告知」に該当しそうです。

 

 

しかし,チケット業者のウェブページなどを見ますと,「内容は一部変更になる場合があります」などと記載されています。このような点も考えると,直ちに契約を取り消せるかは微妙です。

 

 

もっとも,その後,主催者は,「イベントに失望された来場者」にはチケット代を返金すると発表したそうです。

 

 

 

 

次期リーダー講習会

平成28年11月23日,ロータリークラブの仕事で豊岡に行きました。

 

今年度、私は宝塚ロータリークラブの「青少年奉仕委員会」の委員長を務めていて、来年に行われる「インターアクト地区年次大会」の実行委員長も兼務しています。

 

「インターアクトクラブ」とは、ロータリークラブにより提唱された、12歳から18歳までの青少年または高校生のための社会奉仕クラブです。

 

今回は、インターアクト地区年次大会の関連事業である「次期リーダー講習会」に参加しました。

 

兵庫県内のインターアクト部の部員が豊岡に集まり、畑での野菜の収穫やグループに分かれてのワークショップなどが行われました。

 

生徒たちは少々照れながらも和気藹々と他の学校の生徒と交流を深め、ほんの少しかもしれませんが、リーダーの素質を身につけたのではないでしょうか。

 

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