最近、「相続放棄をしても管理責任があるんですよね?」「相続財産の中に古い建物があるのですが、相続放棄をしても、その建物が崩れて人が怪我をしたら私は責任を負うのですか。」等という相談が増えています。
私が「その話、どこで誰から聞いたのですか?」と尋ねると、たいていの方は「ネットにたくさん出ているので不安になったんです。」とお答えになります。
確かに、インターネット上にはそのような内容の記事が溢れています。
これには、改正前の民法940条が関係しています。
改正前の民法940条1項には「相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。」と規定されていました。
たしかに、この条文を読めば相続放棄をしても管理責任が残るように感じます。
しかし、これらの記事はこの規定の解釈を誤っています。
この規定の本来の趣旨は、ある相続人が相続放棄をした場合、次の相続人が現れるまでは勝手に相続財産を売却したり壊したり捨てたりしてはいけませんよ、という意味であり、次に現れる(かもしれない)相続人が損をしないようにするための規定です。
相続人ではない第三者が損害を被った場合の損害賠償責任まで規定していません。
このことは、国土交通省住宅局住宅総合整備課及び総務省地域創造グループ地域振興室・平成27年12月25日付事務連絡をみても明らかであり、また、令和元年6月11日に開催された法制審議会民法・不動産登記法部会第4回会議においても、山野目章夫部会長は、「940条を作ったときに,空き家問題であるとか,荒れ果てる建物であるとか,放置された土地とかいうものについて,公共とか近隣が困っているから,あなたは相続放棄しても引き続き面倒を見続けなさいということまでが,果たして,少なくとも940条の原意に含まれていたかというと,恐らくそれは甚だ疑問であって,(後略)」(法制審議会民法・不動産登記法部会第4回会議議事録)と発言されています。
このように、改正前民法940条の解釈において、相続放棄者の第三者に対する責任はないと解されているのが一般です。
そして、改正後の民法940条では責任を「相続財産を現に占有している」場合に限定していますし、旧法の「管理」という表現を「保存」に変更していることからしても、旧法より義務が重くなるとは思えません(軽くなることはあっても)。
したがって、新法の解釈においても、相続放棄者の第三者に対する責任を認める趣旨が含まれているとは思えません。