特別受益の有名な論点の一つに「生命保険金は特別受益になるか」という論点があります。
この論点の出発点は、特別受益の制度は相続人間の不公平を是正することにあるので、生命保険金を特別受益として持ち戻さなければ不公平ではないか、という問題意識があります。
本論点を論じる前に「生命保険金は相続財産か」という論点があります(コラム「死亡退職金は相続財産か」参照)。
もし、生命保険金が相続財産であるならば、生命保険金は遺産分割の対象となり、特別受益として持ち戻すような形となるので、「生命保険金は特別受益か」についてわざわざ論じる必要はありません。
この点、判例では「右請求権は、保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり、被保険者(兼保険契約者)の遺産より離脱している」として、生命保険金請求権は「相続人の固有財産に属し、その相続財産に属するものではない」とされています(最高裁昭和40年2月2日判決)。
本判例のポイントは、生命保険金請求権は保険契約に基づいて保険金受取人に権利が発生するのであって被相続人から承継する財産ではない、という点にあります。
次に、「生命保険金は相続財産ではない」としても、特別受益として持戻しの対象となるかという点は別の論点です。
この点について、判例は「死亡保険金請求権は、指定された保険金受取人が自己の固有の権利として取得するのであって、保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく、」「実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることもできない」と述べて、特別受益該当性を否定しています(最高裁平成14年11月5日判決)。
つまり、死亡保険金請求権は、被相続人から承継する財産ではない、という前記最高裁昭和40年2月2日判決を踏まえて、「遺贈」にも「贈与」にも該当しないと判断したのです(「遺贈」にも「贈与」にも該当しない以上、民法903条1項を直接適用することはできない。)。
上記のように、生命保険金請求権について民法903条1項を直接適用することはできません。
しかし、同条項の類推適用はできないでしょうか。
この点について述べた判例が、最高裁平成16年10月29日判決です。
判例は、原則として生命保険金請求権については特別受益に該当しないとしつつ、「死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。」と述べています。
つまり、「贈与」や「遺贈」ではないので民法903条1項を直接適用することはできないが、被相続人が保険料を支払ったのだから被相続人が形成した財産といえる要素があること、被相続人の死亡によって発生する点で「遺贈」にも似た要素があることなどからすれば、類推適用の余地はある、としたのです。
ただし、あくまで生命保険金請求権は基本的に「遺贈」でも「贈与」でもないので、「不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいもの」である場合に限定したのです。