なぜ生前の相続放棄は無効なのか

相続放棄に関連した相談で、次のような相談がときどきあります。


「父親が亡くなったときに父親の遺産は全て兄が相続した。そのときに、兄は、次に母親が亡くなったときには母親の遺産を放棄すると約束してくれた。しかし、実際に母親が亡くなった今になって、法定相続分はもらうと言い出した。兄は約束を守らないといけないですよね?」

 

法律の世界では、約束は守らないといけないのが基本中の基本です。


しかし、相続の分野では少し違うところがあります。相続はいわゆる「家族法」の一部です。「家族法」というのは家族や親族に関連する法規範です。


「家族法」においてはいわゆる「取引法」とは異なる考え方が存在します。「取引法」においては約束を守ることは鉄則ですが、「家族法」では必ずしもそうではない部分があります。

 

生前の相続放棄もその一つです。亡くなる前に相続放棄を約束してもその約束に法的拘束力はありません。


その理由は、現在の民法が制定された当時は、まだ、日本には家父長的な要素が色濃く残っており、父親が長男に全ての財産を相続させるために、父親の支配力を利用して他の兄弟に相続放棄を迫って約束させるようなことが起こりうると考えられたため、相続人の公平のためにそのような行為を無効にする必要があったのだと言われています。

 

同様の理由から、生前の遺産分割協議も無効です。親が支配力を利用して長男が全ての財産を相続する内容の遺産分割協議書を作成するようなことが起これば、相続人の公平が害されてしまい、全ての子どもを平等に扱うという民法の趣旨が没却されてしまうからです。