なぜ死体遺棄の容疑で逮捕するのか

殺人事件の報道で「死体遺棄の容疑で逮捕しました」という話をよく耳にします。

 

 

例えば、犯行現場が容疑者の自宅で、被害者の遺体が近くの雑木林で発見されたとします。

そうすると、おそらく犯人は「殺人」と「死体遺棄」の両方の罪を犯していると考えられます。

 

 

そして、容疑者が浮かんで、家宅捜索をして被害者の血痕があったり、凶器が発見されたりしたら、当然、殺人の疑いは濃厚になります。

ここまでくれば殺人容疑(あるいは殺人と死体遺棄の容疑)で逮捕してもおかしくないでしょう。

 

 

しかし、このような場合でも「死体遺棄」の容疑で逮捕することが多いのです。

 

 

殺人ではなく死体遺棄の容疑で逮捕する理由は二つ考えられます。

 

 

一つは、殺人という重大な犯罪なので慎重に捜査をして証拠が固まってから逮捕するべきだということです。

 

 

もう一つは、殺人と死体遺棄の容疑で同時に逮捕してしまうと、被疑者を身体拘束して取り調べる時間が短くなってしまうからです。

 

 

どういうことかというと、刑事訴訟法208条で被疑者の勾留は20日間と決められています。

検察官は、被疑者が勾留されてから20日以内に被疑者を起訴するか釈放しなければなりません。

 

 

刑事事件の被疑者には無罪推定の原則が働きますから、無罪かも知れない人を長期間拘束することは人権の観点から好ましくないし、身体拘束が長期間にわたると虚偽の自白を生むなどの問題があるからです。

 

 

しかし、殺人事件となると、警察も検察も、しっかりと取り調べをしたいんですね。警察や検察にとっては20日間というのは短い。そこで死体遺棄と殺人との2段階に分けて逮捕・勾留するという手法を用いるのです。

 

 

刑事訴訟法208条の解釈としては、「事件単位説」といって、逮捕や勾留は一つの事件ごとに行うと理解されています。

つまり、「死体遺棄事件」として20日間勾留してから、「殺人事件」として20日間勾留することができるのです(逮捕も含めるともう少し増えます)。

 

 

もちろん、死体を遺棄していない場合はこの手法は使えませんが、死体を遺棄している場合の多くはこの手法を用います。

 

 

報道で、被疑者は「殺人についても仄めかしている」という表現を用いる場合があります。

 

 

このような表現を用いる場合は、殺人についても供述していることが多いです。

 

 

どうして「殺人についても自供している」と明確に言わないかというと、死体遺棄容疑で逮捕・勾留しているときに殺人事件の取り調べをすることは好ましくない(任意の取調べは許されるが強制的な取り調べは許されない)のです。

 

 

そこで、「今はあくまで死体遺棄事件の取り調べをしているのであって、殺人事件の取り調べをしているわけではない」という建前を維持するために、明白に殺人について自供している場合でも「仄めかしている」という言い方をするのです。

 

 

私の見る限り、マスコミもこのあたりの事情は理解した上で報道しているように思います。