「認知症事故,家族に賠償責任なし」の逆転判決

 

 

認知症の男性が電車にはねられて死亡した事故で,家族が賠償責任を負うかが争われていた裁判で最高裁の判決が出ました。

 

 

最高裁は,死亡した男性の妻に賠償責任を認めた2審の名古屋高裁判決を破棄し,賠償責任を否定する判決を言い渡しました。

 

 

この裁判の争点は「責任無能力者の監督義務」(民法714条)です。

 

 

「責任能力」というと,以前,小学生が蹴ったボールを避けようとしてバイクが転倒した事件についてお話ししたときにも説明しましたね。

 

 

「責任能力」とは「自分の行動の結果,どのような責任が発生するか理解できる能力」といわれています。

認知症といっても程度は様々ですから,認知症であれば責任能力がないということではなく,重度の場合に責任能力が否定されます。

 

 

今回の件では,男性は重度の認知症で責任能力がなかったと裁判で判断されました。

 

 

そして,責任能力がない人が誰かに損害を与えた場合には,その人を監督する法定の義務を負う者(法定の監督義務者)が賠償責任を負うことになっています(民法714条1項本文)。

もっとも,法定の監督義務者がその義務を怠らなかったことを証明すれば賠償責任を負いません(同条項ただし書き)。

 

 

たとえば,未成年者の場合,基本的に親が「法定の監督義務者」です。民法820条に規定されています。

 

 

今回の件では,未成年者ではないので,同居していた妻と同居していない長男が,「法定の監督義務者」に該当するか否かについて争われました。

 

 

1審名古屋地裁では,妻は「法定の監督義務者」には当たらないが,「見守りを怠った過失がある。」と認定されました。長男は「事実上の監督者」だとして責任を認めました。

 

 

2審名古屋高裁では,妻は法定の監督義務者であるとして責任を認め,長男は法定の監督義務者ではないとして責任を否定しました。

 

 

名古屋高裁が妻を法定の監督義務者とした根拠は,夫婦の協力義務を定めた民法752条です。

 

 

1審,2審判決に対しては,「認知症の人は監禁しろというのか」などの批判の声が大きかったようです。

 

 

最高裁では,妻も長男も法定の監督義務者にあたらず賠償責任は負わないと判断しました。

この最高裁判決に対しては評価する声が高く,私も判決文を読みましたが結論には賛成です。

 

 

ただし,最高裁は,例外的に,日常生活の状況などによっては,「法定の監督義務者に準ずべき者」として賠償責任を負う可能性を示唆しています。

 

 

この点については,「例外的に賠償責任を負う場合がよく分からない」「積極的に介護にかかわればかかわるほど責任が認められやすくなるのではないか」という不安の声もあります。

 

 

また,「今回はJRという大企業だから感覚的に納得している人が多いけど,たとえば,認知症の人が他人を怪我させたり死亡させた場合でも誰も責任を取らなくていいのだろうか。」という声も聞かれます。

 

 

非常に難しい問題です。

高齢化社会が進んでいる中,今後も同様の問題が起きそうです。裁判で決着を付けるのではなく,社会全体で考えていかなければならないと思います。