会社でのミスの責任

少し前になりますが,テレビコマーシャルで有名な引越社が,従業員が荷物を破損させた場合に,その損害額を従業員に負担させ,給料から天引きしていることがニュースで取り上げられました。

 
法律的には従業員のミスによる損害は誰が負担すべきかという点と,給料から天引きしてよいのか,の2点が問題になります。

 
最初の点ですが,ミスをしたのだから従業員の責任とも考えられます。
 

しかし,一度別の角度から考えてみましょう。
会社が利益を上げると,それは誰のおかげでしょうか。
 

例えば会社で1億円の利益を生む取引が成立したとして,契約成立の最後の場面で頑張った人の手柄でしょうか。
違いますよね。通常,多くの従業員の努力の結晶ですね。最後の場面で契約を締結した人が1億円を持って帰るのはおかしいですね。
そして,その利益は従業員や株主や経営者に分配されることになります。
 

それでは,従業員のミスで損害が出た場合はどうでしょうか。
一見,直接ミスを犯した人が悪いように見えますが,果たしてそうでしょうか。
 

例えば,引越荷物を傷つけたといっても,もしかしたら作業時間が少なくて急ぐように言われていたかも知れない。
事前に見積もった荷物の量と実際の荷物の量が違っていて,トラックへの積み込みに無理があったかも知れない。
あるいはスケジュールが過密で疲労が溜まっていたかも知れない。
 

そう考えると,たった1人の従業員の責任にしてしまっていいのでしょうか。
さっきの利益の場合と比べてみてどうでしょうか。
同じように多くの人の責任が重なり合っているのではないでしょうか。
 

このように考えると,よほどの事情でなければ一従業員にすべての責任を負わすのは不公平だと考えられます。
 

裁判所もこのような考え方を取っています。
裁判例では従業員個人の責任を認めなかった判決も多く,最高裁まで行った事案では,従業員の責任を4分の1だけ認めた判決(最高裁昭和51年7月8日判決)があります。
横領などの故意の場合を除くと従業員の責任を100%認めたものは耳にしたことがありません。
 

この引越社の事案では,もう1点,重要な問題があります。
従業員に賠償責任を負わせて給料から天引きしている点です。
こちらは労働基準法24条に違反すると思われます。
 

労働基準法24条は,「賃金全額払いの原則」を規定しています。給料は生活の基礎であるから確実に全額労働者に渡しなさいということです。
ですから,会社は社会保険料の控除や財形貯蓄など特別に認められたもの以外は給料から天引きしてはいけないのです。
最高裁も,給料と従業員に対する損害賠償請求権との相殺(天引き)を否定しています。
 

(ちなみに,給料の前借り金と相殺することは労働基準法17条で明確に禁止されています。)