なぜ冤罪は生まれるのか

「疑わしき波被告人の利益に」とか「疑わしきは罰せず」とかいう言葉を聞いたことがあるでしょうか。

疑わしいだけでは有罪にできないという刑事裁判の大原則です。

この原則をしっかり守っていれば冤罪は生まれないようにも思います。

しかし,これまでにも数々の冤罪が生まれました。

 

 

冤罪を生んでしまう背景には幾つかあると言われています。

 

 

一つは,重大犯罪,特に残忍な犯罪については,「早く犯人を捕まえて欲しい」という国民感情があります。犯人とされる人物が逮捕されると,「こんな極悪非道なやつは死刑にして欲しい」という国民感情が生まれます。

 

 

一方で,捜査機関側には,「警察や検察の威信にかけても犯人を捕まえなければならない。そして,絶対に有罪にしなければならない。」というムードが生まれます。

犯人がなかなか見つからないと捜査機関に焦りが生じます。そして,ごく稀ではありますが,無理な見込み捜査(ある人を犯人と決めつけての捜査)が行われます。

 

 

もう一つ,取り調べにおける虚偽の自白の問題があります。

 

 

中世においては,日本でもヨーロッパでも拷問がありました。証拠がない場合に自白をさせて処罰するということはよくありました。

曲がりなりにも「自白」をしたから処罰しても正当化されると考えがあったのでしょう。

 

 

現代では世界的に拷問は禁止されています。友人や知人からはこう言われます。「今は江戸時代じゃないんだから,昔のような拷問はないだろう。」と。

しかし,現代でも,虚偽の自白は存在します。

 

 

それでは,どのような要因が虚偽の自白を生むのでしょうか。

 

 

虚偽の自白を生む要因としては幾つかありますが,被疑者に十分な法律知識がないことが一つの要因です。

被疑者が自白するのは,通常,起訴されるまでの段階です。

この段階では,警察による取調室という密室による取り調べが行われます。

 

 

法律知識がなければいつまで拘束されるのかも見当がつきません。「一生出られないのではないか」という不安・恐怖感に襲われます。

 

 

外に出ることもできず,面会もできない状況での長時間・長期間の取り調べは大変な苦痛です。これは体験したものにしか分からないと言われます。

取調官から,何度も「お前がやったんだ」と言われると,精神状態が不安定になり,本当にそんな気がしてくる場合もあるそうです。

 

 

そして,自白を強要された被疑者はこう考えます。

 

 

「こんな密室の取り調べで自白したとしても,後になって,裁判の時に傍聴人がいる公開の法廷で裁判官に対して『本当は自分はやっていない。取り調べの時に自白したのは苦しみから逃れるためだったんです。』と説明すれば信じてもらえるのではないか。自分の有罪・無罪を決めるのは公平な裁判官だから,裁判官が分かってくれればそれでいいんだ。」

 

 

このように考えて,厳しい取り調べから逃れたい一心で,自白調書にサインしてしまいます(自白調書というのは自分で書くのではなく,捜査機関が書いたものにサインをするのです)。

 

 

ところが,裁判が始まり,「あの自白は嘘だったんです。」と言っても簡単には覆せないのです。

なぜなら,法律で,自分に不利なことを認めた調書は原則として有罪の証拠として利用できることが決められているからです(刑事訴訟法322条1項)。

 

 

そのため,「裁判官に本当のことを言えば分かってもらえるだろう」という被疑者の期待は裏切られることになります。

 

 

このように,いろいろな要素があって,自白の強要,虚偽の自白が生まれてしまいます。

本当はもっとたくさん書くべきことはありますが,長くなってしまうので(十分長くなりましたが)この辺で終わります。